水玉屋

気の狂った腐女子が自分語りしたり解釈吐いたりします。

井吹龍之介とあばら家について

あばら家と井吹龍之介


 自然物と土方ルートのあばら家時代の井吹龍之介が好きです。声を失い命を繋ぐのに必要なものを完全に山崎という外部から与えられるものに依存し、表向きには人として死んだことにされて静かに生きている井吹は、普通の人間よりも植物に近いのではないか、と思うからです。もちろん植物と違い井吹は怪我が治れば自分で歩き回ることは出来たでしょうし、山崎から生活資金を与えられていたということは買い物にも出かけていたでしょう。筆談によって意思を表明することも可能です。しかし先にも書いた通り龍之介は表向き死んだことになっています。あまり大っぴらに街に出ることは出来ません。また筆談も、それを読む人がいなければ意味をなしません。
 また井吹が傷を負ってから松本先生によって引き取られるまでを過ごす家は、一貫して「あばら家」と表現されます。ここで一度、「あばら家」という語の持つ意味について確認したく思います。

あばら‐や【荒ら屋】

  1.  荒れ果てた家。破屋 (はおく) 。やぶれや。粗末な家の意で、自分の家をへりくだってもいう。
  1.  四方を吹き放した休憩用の小さな建物。あずまや。亭 (ちん) 。

goo辞書より(5/6アクセス)

 井吹が目を覚ました時の背景からして、黎明録での「あばら家」は1のことと思われます。また、目を覚ましたばかりの井吹が、そこが「自分の家」という意識がまだない状態で、しかも語る相手のない独白で寝かされていた建物のことをへりくだる必要がないことから、あの「あばら家」はその通り、荒れ果てた家のことと考えて差し支えないでしょう。
 この荒れ果てた破屋、あばら家について考えてみましょう。どういった経緯で井吹の身柄がこのあばら家に移されたのか、元々は誰の所有物だったのか。どこにあるのかというのは作中では語られませんが、井吹が少し室内を見渡しただけで「あばら家」と表現したからにはお世辞にも手入れが行き届いているとは言い難い状態だったと思われます。
 私はこの、人の手により作られてのち、人の管理下から外れ風雨に晒され放置された結果として荒れ果てたあばら家は、山崎という食料や生活資金を運んでくれる(個人的な見解を述べるのであれば主人公である井吹の生存のための装置としての側面も持つ)個人と、近藤という(伏線回収とその後の物語の展開に必要な)イレギュラーを除き、名前のある人間との接触が語られない程度には希薄になってしまった井吹の状況の暗喩にも取れるのではないかと思います。

 さて、あばら家で一年と少しを過ごした井吹は山崎が連れてきた松本によってあばら家を離れます。新選組内では一部の人間を除き表向きは死んだこととされながらも、松本の元で「武士とは正反対の」医者の卵として医術を学び、筆談だけではなく身振り手振りで自分の意思を表現する術を身につけます。鳥羽伏見の戦いが勃発した折にも、新選組との接触も自発的に避けながら、それでも学んだ医術を使い怪我人の救護にあたります。これらのことから、あばら家を離れた井吹はすでに外部からの供給により生かされるだけの存在ではなくなったと言えるでしょう。

 井吹があばら家で過ごした期間についても注目してみましょう。文久三年の9月の半ばに傷を負ってから目を覚ますまで、どれくらいかかったのかはわかりませんが、当時の医療技術、本職の医者がいなかっただろうことから物語冒頭で死にかけの井吹が一週間以上目を覚まさなかったことを考慮したとしても15日はかかっていないだろうと仮定し、ここでは井吹があばら家で目を覚ました時期を仮に文久三年の9月末日とします。ここから、翌年の「元治元年の冬」まで。詳しい月日が明らかにされておらず、また史実でこの時期に松本が上京した記録が見つからないため旧暦の季節区分にのっとり、また近藤が江戸で松本と面会したのが10月15日であることと、江戸から京まで徒歩で移動した場合、一般的には13〜15日程度かかること、入京がおそらく27日であるということ(未確認)を考慮し、これを11月から12月の間とします。
 この期間に起きた新選組の主な事件を以下に挙げます。

文久四年
 1月 将軍警護のため、新選組下坂
元治元年
 6月 池田屋
 7月 禁門の変
 9月 近藤ら、要人の警護と隊士募集のため江戸へ
 10月 近藤、松本と面会。藤堂の勧誘により伊東甲子太郎参入、末日入京。

 ここで井吹は、伊東とほぼ入れ違いになる形で恐らくは京を出ています。井吹があばら家にいた期間というのは新選組(特に井吹が知る試衛館一派)が、最も華々しくその名を上げた時期と言えるでしょう。
 そして翌年、元治二年の2月、季節で言うならば井吹があばら家を出た冬が終わり次の春に山南は表向きには切腹、実際には変若水を飲み、表舞台から姿を消します。
 つまり井吹があばら家を出てすぐ、長くとも4ヶ月以内に、新選組は変若水の実験において、初めて一応の成功を納めます。

 これは、井吹が主人公を務める黎明録というタイトル全体の中でも意味があると私は考えます。
 もちろん、井吹が新選組を完全に離れ、千鶴が隊に入った時点で新選組にもっとも近い語り手は千鶴に移ります。井吹はすでに薄桜鬼というタイトルの前日譚ではなく、派生作品である黎明録だけの語り手となります。
 しかし、他ルートでは井吹は基本的に芹沢暗殺の前後には京を離れ、新選組についてはただの一般人として噂を小耳にはさむ程度となります。それがこの土方ルートでは、芹沢の死後1年以上も京にとどまり、千鶴が知ってしまったような機密事項については隠されていただろうとはいえ内部の人間出ある山崎から新選組の面々の消息を聞かされます。
 その、黎明録全体でみるとあまりにも長く京にとどまっていた井吹が京を離れるタイミングが羅刹の成功例が出る直前、というのは、やはり意味があるのではないかと思います。単に松本と近藤が知り合った後、というのであれば、慶応元年(=元治二年)の5月に無印にもある通り松本は上京し健康診断を行います。であるにも関わらず、史実ではほぼありえない時期に松本を上京させてまでとなると、ある程度の作為があると見ても良いのではないでしょうか。(きっかけが松本であるということの意味については、いつか別の機会にまとめて書きたいです)逆に言えば、井吹が京にいられたのは(つまり現在のこととして鳥羽伏見以前を語れるのは)どういう経過を辿っても、変若水が一応の完成をするまでなのではないでしょうか。またさらに言うならば井吹が京を離れてから次に現在の語りが始まるのは、常に(千鶴の攻略対象が変若水を飲むルートの場合には)攻略対象が変若水を飲んだ後、しかも確実に井吹が見たといえる理性を保っている羅刹は一人きりです。 

 さて、ではなぜ井吹は変若水の完成前に京を離れ、変若水の完成を知りえない立場にならねばならなかったのでしょうか?(松本が変若水の完成を伝えた可能性についてはまた後日)
 これについては、無印と黎明録との羅刹の描かれ方、また井吹と千鶴という二人の語り手が見た変若水や羅刹、その受け取り方の差と関係していると思われます。
 無印は言わずもがな、千鶴を追いかけている不逞浪士を"失敗"した"新撰組"隊士が殺し、さらにそれを斎藤が処分、沖田、土方が現れるという始まり方をします。この時点で羅刹は恐ろしい化け物として描かれていますが、沖田と斎藤、その場にいた土方は、それよりもはるかに強い、千鶴にとってはまだ恐ろしい人物として登場します。また、話の途中からは羅刹の上位互換ともいえる鬼が登場し、山南という成功例が出てきたこともあり、変若水を飲むことや羅刹そのものへの恐怖感は薄れがちになっていきます。
 それに対して黎明録での羅刹は、まだ無印ほど改良が進んでいない状態の変若水で、その身を壊すほどに強い力を発揮します。隊士たちもその未知の化け物に対し困惑し、手こずり、語り手である井吹もそれに同調します。話が進むにつれ黎明録でも理性を保つようにはなっていきますが、そもそも黎明録に出てくる羅刹は1人目の家里、芹沢が捕縛した浪士、切腹する予定だった佐伯、一部のルートでの新見、それと芹沢だけです。このうち、すべてのルートで詳しく描写されるのは1人目の家里だけ、他の3人は出てこないルートもあるほどで、特に新見に至っては藤堂ルートのみ、芹沢も、土方と芹沢ルートのみと主要キャラクターが羅刹化したシーンが出てくるのは全体の約半分です。
 それだけに、1人目の羅刹の印象は強く、斎藤、藤堂ルートの終盤で羅刹化した2人を目にした井吹は「こいつも理性を失った化け物になってしまったのではないか」と戦慄します。
 そこに出てくるのが千鶴です。薬がどの程度改良されたのか、他に成功例がいるのかを知らない井吹から見ると、千鶴の存在によって化け物にはならず、人の心を持ったまま力を得たのだ、という自分の知る過去から繋がる未来がより鮮やかに映ったのではないでしょうか。そして井吹は力を使い果たせば灰となり死ぬ、という羅刹の特性を知りません。井吹の目を通した千鶴と羅刹となった古い知り合いの前途は、きっと本人たちが思っているよりも明るく見えたことでしょう。
(それならなぜ戦が終わる前で、千鶴がそばにおり、変若水を飲んでいる土方が羅刹になるのを井吹は見なかったのかという話はまた今度)
 これは、薄桜鬼というタイトル全体の主人公である千鶴に語り部という役割を明け渡した井吹に与えられた救いなのではないかと思います。唯一黎明期を見ることができる語り手である井吹は、その黎明期についてより正確に語らねばなりません。立場上どうしても見えない部分については、他のキャラクターの視点も交えて物語が展開しますが、それでも千鶴がまだいない頃の話の大部分は井吹の目を通して語られます。
 しかし、攻略相手と短い一時を共にしただけの井吹は、相手をずっと支えることも、またその逆も叶いません。相手がいつか灰となり崩れ去るなどということを知っても、井吹はなにもできません。
 だから井吹は知らないのではないでしょうか。相手が灰になることも、他に、大切な人を持たずして理性を持った羅刹が数多いることも、相手よりもさらに改良された変若水を飲んだ有利な羅刹が敵方にいることも、それよりも強い、鬼という種族がこの世にはいることも。
 もっと言うのなら、山南という近藤や土方に信頼されていた仲間が周りと衝突し、新しい参入者によって追い詰められ、自ら変若水を口にして生き延びたことも。
 井吹の目を通さずともその辺りの真相はプレイヤーはよく知っています。だから前日譚としての役割を終えた黎明録、井吹龍之介の物語が、せめて明るく締めくくられるように、井吹は絶対に「元治元年の冬」にあばら家を出なければならなかったのではないでしょうか。

(井吹がなぜそれまであばら家にいたのかについては土方ルートと松本の存在に焦点を絞って話す時にまた)