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井吹と山崎の話【前編】

 過去の記事を読んでいただけた方はすでにおわかりかと思いますが、土方ルートの井吹と山崎が好きです。本編時間軸だと主にコンビ、+的な意味で好きです。SSLはなんでもいいです。最近は個人的に×の時は崎龍、+の時はやまぶきと呼んでます。なんとなくです。

 そもそも井吹と山崎の関係性がなかったらこんなブログを作ることさえなかったでしょう。


 今回はとりあえず、黎明録のこの二人の関係について私はこういう風に思っている、という表明のために記事を書いていこうと思います。

 まずは順を追って、黎明録という作品全体で見た時の二人の関係。

・共通ルートについて

 山崎が入隊してきた時、近藤によってその場に連れてこられていた龍之介は山崎について「頭が硬そうなやつだな。斎藤あたりとは気が合いそうだが」という印象を抱きます。この時点で山崎側が龍之介を認識しているかはわかりません。共通ルートでの絡みはこれだけ。あとは、なにかあった時に山崎の発言を龍之介も聞いていたりはしますが、それに対して個人的に特別なにか思う、という描写はされません。


・土方ルート以外の個別ルートについて

 個別ルートに入った時、山崎と龍之介が絡むのは芹沢、土方、斎藤ルートとなります。

 まず斎藤ルート、個別ルートに入る直前(ただしルート分岐後)の「山崎との衝突」というタイトルのシーン。大坂で力士たちとの乱闘騒ぎが起こる夜、斎藤が仮病を使い山崎と宿を抜け出し、二人がうまく話をまとめて帰ってきた時、井吹が喜ぶ二人に「土方さんが今回の話を思いついたのは芹沢さんのおかげじゃないか」と水を差したことから井吹と山崎は口論になってしまいます。

 この時の山崎と龍之介のやり取りを要点だけ拾っていくと


龍「俺は浪士組の主導権争いなんてどうでもいい、芹沢派なんてものになった覚えもない」

崎「【出て行きたい】と言いながら、そんな中途半端な立場のまま浪士組に居座るのは許されない(恐らくは自分が許さない)。なにより君はどこからどう見ても芹沢派だ」


 となっています。

 この時、山崎の

「浪士組には、自分の行く道すら決められない半端者の居場所などない。さっさと出て行け」

 というセリフが決定打となり二人はつかみ合いになります。

 しかしその場では、井吹が一発目の殴打を決めようとした瞬間、斎藤の仲裁が入り二人は拳を下ろします。

 その後は目立った衝突や逆に和解などはありませんが、井吹が相撲の引札を描く頃には山崎も他の隊士たちに混じって素直に井吹の功績を認め、井吹もその言葉を嬉しく思うようになっています。他に斎藤ルートでこの二人が絡むシーンもないので、まあ時間と共にお互いある程度妥協しながら生活していくようになった、ということでしょうか。


 次に芹沢ルート、五章の「大きくなる不安」のシーンは、永倉が「忙しいが、力士たちと乱闘した時に比べれば気持ちのいい仕事だ」という旨のセリフから始まります。

 ここで比較に出てくる「力士たちとの乱闘」はルートこそ違いますが、斎藤ルートで井吹と山崎が衝突した日のことですね。

 永倉の話しかけていた相手、山崎は、「珍しい組み合わせだな」と何気なく声をかけてきた井吹に警戒心を露わにし、相撲興行のことを井吹に話そうとする永倉を止め、足早に井吹から離れていきます。この時、山崎は井吹のことを「向こうの隊士」と呼んでおり、前川邸で寝起きする井吹のことを完全に芹沢派として見ていることが伺えます。(もちろん芹沢ルートですから、斎藤ルートなどに比べれば龍之介が芹沢寄りであることは間違いないのですが)

 芹沢ルートでの二人のやり取りはこれだけになります。


・土方ルートの井吹と山崎について

 さて、それでは本題の土方ルート。

 井吹と山崎の関係が始まるのは、個別ルート、つまりは四章に入ったふたつ目のシーン、「監察方発足」からになります。

 洗濯をしていた井吹が、山崎の視線に気付き後ろを振り返り、井吹が振り返ったことに少し驚きつつ、山崎は井吹に「隊士でもないのにここにとどまっているそうだが、一体いつ出て行くのか」と問います。井吹はいつも通り「芹沢さんの許しが出たらだ」と答え、山崎は納得していないような態度ながら、立ち去ろうとします。

 そこで井吹は山崎に「土方さんはどうしている」と聞きますが山崎は「隊士でもない君にそんなことを明かす必要はないが」と断りつつも、知っていることを教えてくれます。そこに折りよく斎藤を伴った土方が現れ、山崎を連れて行き、井吹はその場に残され場面は終わります。

 数日後、土方は芹沢の元を訪れて隊の内外を探る「監察方」という役職を置くことを伝えます。自分を見張るためか、と尋ねる芹沢と、なんのことだか、ととぼける土方。芹沢は不意に井吹にその役職を手伝わせるように言い出し、土方も了承します。

 土方について部屋を出て、他の監察方のメンバーについて尋ねた井吹は、返ってきた「山崎」という名前に「あんな頭が固くて融通がきかなそうな奴と」と先のことを考え憂鬱になります。

 頭が固そう、という印象は、山崎が浪士組に入隊した日からあまり変わっていません。融通が利かない、というのはおそらく「いつ出て行くんだ」と問い詰められて付け加わった印象でしょう。

 その後、土方の部屋で張り切る山崎と島田を見て井吹は「面倒で片時も気が抜けない仕事をよくこんなに張り切れるものだ」と思います。乗り気ではないながら、監察方の役割については正確に理解していることが窺えます。

 その後は、土方について行ったり隊の内外で見聞きしたことを土方に報告したりと三人は監察方として特にトラブルもなく働いていきます。

 その中で、井吹は島田がお梅のことをよく知っているのに対して「さすがは監察方だ。自分も一応その一員ではあるが」と監察方らしい情報を持っている島田に対し、他人事のように感心してみせます。

 そんなある日、いつものように芹沢の使いで街に出ていた井吹は、島原の舞妓、小鈴と再会。はじめは龍之介につっけんどんな態度を取っていた小鈴でしたが、井吹と幾つか言葉を交わし和解します。やがて小鈴と別れ歩き出した井吹は背後に視線を感じて振り返りますが、そこには誰もおらず、特に気にすることもなく屯所に帰ります。

 原田ルートの印象が強く、それ以外ではほとんど登場しない小鈴が井吹と明確に和解するのは原田ルート以外では土方ルートだけとなります。これについても他とまとめて後述します。

 数日後、新見が再び羅刹の実験を行い、それを土方らが処分しますが、羅刹のことを知らない山崎がその場にやってきてしまいます。井吹と共に死体の処理を命じられた山崎ですが首のない化け物の死体に気分を悪くし、井吹に「だらしない」と窘められ抗弁しようとしますが、土方も井吹の意見に賛同し、しょげかえってしまいます。

 数日後、朝食の席で羅刹の首が市中に晒されたことにより町の人々からの評判が悪化し、藤堂が落ち込んでいると聞いた沖田は、藤堂に対して「だらしないなあ」とコメントします。沖田ルートをされた方ならご存知の通り、沖田ルートでは井吹と沖田が鏡のように似ている、ということが語られます。しかし土方ルートの井吹は、自分と沖田が同じようなことを言ったことについてなにも思いませんし、気付きもしません。

「だらしない」と言われた対象が藤堂と山崎である、ということの意味についてはまた後ほど。

 それからさらにしばらく経った頃、井吹は平間から小遣いを貰い、街へと出ました。それまで自分が自由にできる金など持っていなかった龍之介は使い道に困りますが、そこで小鈴と再会します。小鈴は「おいしいものを食べたり、友達に贈り物をしては」と提案しますが、井吹は自分はものの味に拘泥はしないし、友達と呼べる相手もいないと答え、最終的に二人は井吹のお金で一緒に茶屋で団子を食べて別れます。

 帰り道、再び何者かの視線を感じ、つけられていることに気付いた井吹はその相手を捕まえますが、相手が山崎であったことに気付いて驚きます。

 山崎から舞妓である小鈴と会っていたことについて「浪士組にいるのだから武士らしくしろ」と糾弾され井吹は「武士らしく」という言葉に死んだ母を思い出し激昂します。そこから「武家の生まれでもないくせに、時代錯誤な」という井吹の言葉が逆鱗に触れ、山崎も怒り狂い、重ねて「覚悟なき腰抜けの居場所など、浪士組にはない」と罵倒し、二人はとうとう殴り合いの喧嘩になります。

 この「お前の居場所は浪士組にはない」という旨の山崎の言葉は、「自分の行く道すら決められない半端者」と「覚悟なき腰抜け」という言葉の違いこそありますが、斎藤ルートの彼の言葉とも一致します。さらに、斎藤ルートの井吹は最終的に絵師になりますが、土方ルートで殴り合いの喧嘩をしたその日、小鈴に声をかけられる直前、井吹は絵双紙屋に入ろうとしていました。

 斎藤ルートの山崎と土方ルートの山崎は同一人物で、井吹に対して同じようなことを思っていたとしても不思議ではありません。そしてこれらの重なるセリフと、この喧嘩の直前に井吹が「絵双紙屋に入ろうとしてそれを阻まれた」というのは、このルートにおける仲裁者、つまり斎藤の不在をより強く印象付けるのではないのでしょうか。

 仲裁者のない二人はとことん殴り合い、罵倒し合い、とうとう力尽きます。頭も冷えたのか井吹が「局中法度で私闘は厳禁」ということを思い出し、とりあえず二人は近くの川で傷を冷やすことにしてまた怪我の原因についてなすりつけ合いをしながら、川へと向かいます。

 鴨川で傷を冷やした二人は、河原へ腰を下ろします。やがてぽつりぽつりと語り出した山崎の身の上話を、井吹は黙って聞きます。

 武士になりたい、と夢を語る山崎の表情を見て井吹も「こいつなら、自分の身の上話を聞いても笑ったりしないんじゃないか」と思い、山崎に続いて身の上話を始めます。

 武家に生まれたものの、幼い頃に士分を失い必死で働きながらも母親に苦しめられてきたという井吹ですが、「それでも君が羨ましい」と言われても腹が立たなかったことに「ひょっとしたら自分は、武家に生まれたということを誰かに認めて欲しかったのかもしれない」と思います。


 このシーンの一部を以下に引用します。


「俺の親父は元々、【抱入】って身分の侍だったんだ」

〜抱入についての説明中略〜

(俺は、小さく肩をすくめた。

 この先を話すのはなんだか惨めで……ためらいがあった。

 こんな戸惑いを抱く自分こ弱さに、苛立ってしまうほどだ。)

「だけど俺がまだガキの頃、親父が金に困って、御家人株を他人に売っちまったらしくてな」

「結局親父はその後借金を残した挙句、事故で死んじまったんだが……」

(冗談めかそうと思って、わざと軽い口調で話そうとしてみても、ひとりでに語気が乱れてしまう。

 だが山崎は神妙な表情のまま、俺の話を聞いてくれていた)

「お袋は、ろくに働いたこともないーー武家の女だってことを唯一の拠り所にしてるような女だったから」

「うちが武家じゃなくなった後も、ガキだった俺にーー」

「【あなたは武家の長男なんだから】【将来、お侍さんになるんだから】って言い続けてたんだ」

「……そんな誇りなんて、生きていく上でなんの役にも立たないのにな」

(声が、ひとりでに荒れ始める。

 もっと、何てことない口調で話したいのに、うまくいかない。

 ……要するに俺は、吹っ切ってないんだ。

 俺にとっては、親父のこともお袋のことも……まだ過去のことになってないってことなんだろう。)


ここで、藤堂ルートの井吹が身の上話をするシーンを見てみましょう。


「俺の家は元々、奉行所勤めをしてる武家だったんだ」

「だが、親父は金勘定があんまり得意じゃなかったらしくてな」

「生活に困った挙句……御家人株を売り払っちまった」

(何でもない冗談みたいに笑いながら話したいのにーー。

 俺の声は、ひとりでに震えを含んでしまう。

 俺はきっとまだ、親父のこともお袋のことも、全然吹っ切っちゃいないんだろう。

 そんな自分がみっともなくて、滑稽で仕方ない。

 だがそんな内心を悟られるのも癪だったから、皮肉めいた笑みを浮かべながら尋ねる)

「……お前には、想像できるか?【立派なお侍さんになりなさい】って言われ続けて育てられたのにーー」

「侍になんて一生なれないってことを知った時の気持ちを」


 以上に引用したふたつのシーンにはいくつか共通点があることがお分かりいただけたかと思います。細々とした語り口の違いはありますが、

・井吹の家がかつて武家で、いまは士分を失っていること

・母親から「侍になれ」という旨のことを言い続けられていたこと

・井吹自身は過去の話を軽い調子で話したいと思っているが、実際には語気が乱れてしまっていること

 以上の3点が非常に似通っています。

 さて、それまでの井吹との関係が真逆のものだったとはいえ、この話を聞いた時には真剣に井吹の吐露に耳を傾けていた、山崎と藤堂、2人の反応を比べてみましょう。

 山崎は、「……それでも、武士の血を引いているというだけで、君のことが羨ましい」と言い、龍之介はその言葉に不思議と嫌な気持ちにはならず、「生まれを誇ることなんてないと思っていたが、ひょっとしたら自分は心のどこかで誰かに認めて欲しかったのかもしれない」と思い至ります。

 藤堂は、「……わかるよ、オレには。だってオレも、龍之介と一緒じゃん」

「親父がどこの誰なのかもわからなくて、どんな人なのかを調べるのさえ許してもらえなくてーー」

「自分で自分の行く道を探さなきゃならないこととかーー一緒じゃねえか」

 そして、武士として生きていくつもりがないのだから、少なくともここに井吹の道はない、と諭します。

 井吹はその言葉を正論だと思いますが、気持ちの上では整理がつかず「俺はお前とは違うんだよ!」と叫びます。

 しかし藤堂は井吹を逃さず、胸ぐらを掴んで「父親や母親は関係なく、お前がどう生きていきたいかが問題なんだ。わからないならわかるようになるまで考えないと、この先ずっとお前は自分の人生なんて生きられないままだ」と言い聞かせます。

 さて、ここで前述した新見が浪士を使って変若水の実験をし、山崎が変若水のことを知った夜の龍之介の山崎への言葉と、それから数日後、「浪士の首が晒されたことで、平助が町の人たちに後ろ指をさされ落ち込んでいる」と聞いた時の沖田の言葉が同じであったことを考えてみましょう。

 藤堂ルートの藤堂と井吹は、かなり「友達」という関係に近いということが公式から明言されています。(旧オトメイトスタッフブログより)そして沖田と井吹が似ている、というのは前述した通り、山崎と井吹についてはこの先で「友」「友人」「友達」という言葉が使われるようになっていきます。

 つまり、藤堂ルートの井吹にとっての藤堂と、土方ルートの井吹にとっての山崎は、とても近い存在なのではないでしょうか? もちろん、藤堂は自分のことを恐らくは武士の、それもかなり高い身分の人間の子だと思っており、山崎は逆に武士の子という立場を渇望しています。二人はむしろ真逆の性格をしていて、お世辞にも似ているとは言えません。

 それでも、井吹にとっては、身の上話を聞かせるほどの相手、胸の内を吐露し、それを聞いてほしい相手、そして友達になれるような人間、ということで一致していて、だからこそふたつのルートで井吹は同じような語り口で自分の話を聞かせたのではないでしょうか。

 ちなみに藤堂ルートで井吹が身の上話をして藤堂に胸ぐらを掴まれた直後、山南がその場に現れ2人を離れさせ、続いて山崎がやってきます。

 私はこのシーンの、「ほんの少しのタイミングのズレによって山崎は井吹が武家の生まれであることも、そのことによって苦しんだことも知らなかった」というのがとても示唆的に感じられて好きです。それを山崎が聞いていたならひょっとしたら土方ルートと同じように、井吹に対しての感情が変わっていたかもしれない。しかしほんの少しその場にやってくるタイミングが、本当に1分2分のところでズレたがためにそうはならなかった。2人の関係は動かなかった、というのが、とてもあえてそうしたように、「土方ルート以外でこの2人がお互いについてを知ることはない」と示されたようでとても、好きです。余談です。

 この、井吹にとっての藤堂と山崎、という問題については、また触れます。

 さて、話は戻って土方ルート。井吹と山崎はお互い、罵倒したことを謝罪し笑いあって屯所に戻ろうと立ち上がります。しかしそこで井吹は「羅刹や変若水の話を聞いた時、出ていきたいとは思わなかったのか」という問いを投げかけます。

 「そういう気持ちは確かにあった」と認めながらも山崎は、今度は土方から聞かされた、土方の身の上話を始めます。


 豪農の家に生まれ、武士になりたいという夢を抱きながら燻っていた土方は、自分と同じ百姓の家に生まれ、剣術の腕を見込まれて武士となった近藤に希望を見出します。そして近藤の人柄に惚れ込み近藤との関係を「自分の身体のもう半分に出会っちまったみてえな、不思議な感覚」と表現するまでに至ります。そして武士になりたいという夢を打ち明け、近藤の「いつかなれるさ」という言葉に救われます。


 そこまで聞いた井吹は「自分は夢を見たことなんでなかったから、そうやって夢を見られる土方さんや山崎のことを羨ましいと思う」とこぼし、山崎は「今まで見られなかったのなら、これから先、いくらでも見ればいい」「君にだってきっと、"【自分にはこれしかない】と確信できる道"が見つかるはずだ」と返します。

 ここで再び、斎藤ルートでの山崎の、つかみ合いの決定打となった言葉を思い出してみましょう。

「ここには"自分の行く道"すら決められない半端者の居場所などない」

 先ほども書いた通り土方ルートの、井吹と殴りあう前の山崎の内心も、これに近いものがあったと考えて差し支えないでしょう。

 では、なぜ山崎は、井吹が変わらず自分の道というものを決められていないにも関わらずこれほど井吹に対しての態度を軟化させたのでしょうか。

 もちろん、言いたいことを全部吐き出し、精根尽き果てるまで殴りあった。泥臭い男の友情を育んだ、とも言えます。しかしそこからさらに言葉を尽くせば、これは「山崎が井吹のことをこちら側の人間と認識した」ということではないでしょうか。そしてその原因がなにかといえば、やはり「土方、山崎らのことを"羨ましい"と表現した」これが大きいと思われます。

 斎藤ルートで井吹は「今回の成功は土方さんだけのものではない。芹沢さんの言葉がなければ土方さんだってこんなこと思いつきはしなった」といい、土方を敬愛している山崎の逆鱗に触れ、"芹沢派"として山崎の中で確定します。

 それを考えると土方、そして土方を敬愛する自分を肯定した井吹は、山崎にとって糾弾すべき相手ではなく、慰めるべき仲間となったのではないでしょうか。そして、山崎は仲間に優しすぎるところがあります。随想録の日常想起三、鳥羽伏見の戦いの最中でのエピソードでも山崎は「仲間を危険な目に合わせたくないから、危険な任務は自分が進んでこなす」とやや自己犠牲的な考え方を明かします。それと同じで、「武士になりたいなんて思わない」という井吹に対して藤堂のように「それならば君の居場所はここではない。早く自分の道を決めるべきだ」と厳しく、そして以前のように対応することが出来なくなってしまったのではないでしょうか。

 また、山崎の態度が軟化したもう一つの理由に「井吹が武家の血を引いていることを知った」ということがあると思うのですが、これについてはもう少し先のシーンについて述べる時に言及します。


 さて、井吹に先を促され、山崎は再び土方の身の上話を始めます。

 近藤が道場を継いだ後、黒船の来航や、井吹の母親が死んだ理由でもあるコレラの流行により道場の経営は苦しくなります。しかしそんな中、近藤を講武所の教授方に、という話が持ち上がり、土方を始め道場の人間たちは舞い上がります。しかし、「今は士分を持っているとはいえ、元は百姓の生まれ」といことがネックになり、その話は潰れてしまいます。

「やはり百姓の生まれの自分が武士になるなんて無理なんだ」と意気消沈する近藤に、土方は「近藤ほどの人物が武士になれないのなら、自分などに望みはない」と打ちのめされ、やがて激昂し、近藤の胸ぐらを掴み「誰がなんと言おうとあんたは一流の剣客だ。だからそんなことを言うな。自分はこんなことくらいで、あんたを世に出すって夢を諦めたりはしない」と怒鳴りつけます。

 近藤はそれでも「一人にしてくれ」と土方を部屋から追い出してしまい、それからも道場の経営は苦しくなるばかり、藤堂が浪士組の話を持ってきても、近藤はなかなか決心できずにいました。そんな中、土方は近藤を連れて川べりへと出かけます。

「武士になる夢を諦めたのか」と土方に問われ、近藤は否定しますが「浪士組として上京して失敗して、自分を信じてくれている人々を不幸にするのが怖い」百姓生まれの自分が、みんなの才能を埋もれさせてしまったらと思うと」と吐露します。そんな近藤に土方は「俺が講武所の時のようにはさせない」と、あれこれ理由を並べ立てて近藤を勇気付け、「俺は、あんたに賭けるって決めたんだ。俺が見込んだ男が、ちっぽけな男のはずがない」と近藤に上京を決めさせます。

「俺もーー俺を信じてくれているお前を信じることにしよう。……行くことにしよう、京へ」


 山崎は、この話を聞いて浪士組に残ることを決めたと語り、井吹は、あの人たちがどれだけ望んでも得られなかったのが自分を苦しめ、そして自分が疎んで来たこの血なのだと知り、自分は今まで自分のことしか見ていなかったのだと実感します。

 その後、山崎からお梅が芹沢に手篭めにされてから、屯所に出入りするようになり隊内の風紀を乱していることを聞かされ、井吹は(好感度を上げる選択肢だと)「どうにかしなきゃな」と言います。この「どうにかしなきゃな」というのもまた、井吹が芹沢派ではなくこちら側の人間なのだ、と山崎に思わせるセリフではないでしょうか。

 山崎が井吹の私生活に踏み込んだことに謝罪し、井吹も山崎を気にすんなよ」と許して「……こいつも悪い奴じゃないんだな。」「浪士組って居場所を見つけて……その場所を守りたいって、思ってるだけなんだ。」と思い至り、二人が連れ立って屯所へと帰るシーンで五章は終わります。


 

 長くなりましたので、六章と七章についてはまた後編で。