水玉屋

狂いたくないオタク

①黎明録という作品

 薄桜鬼に初めて触れる人、本編だけ触れた人、あるいは黎明録は途中でやめてしまった人。

 そういう中でも黎明録に触れてみようかな、と思ってる人が、黎明録に触れてくれたらいいな、と思って書いた文章です。(ネタバレ満載)


 黎明録、というのはなんというか、不思議なゲームです。薄桜鬼がアニメ化され、勢いがではじめた2010年に出た当時のシリーズ最新作。しかし乙女ゲームなのにまさかの男主人公、さらにメインキャラクターたちの目指す立場であり、作品のテーマである「武士」を「くそくらえ」と否定する。生意気で、ひねくれていて、そのくせ弱っちくて口先ばっかり。とまあクセが強く、ジャンルも「女性向け歴史AD V」となんなんだそれは初めて聞いたぞ……?という謎のくくり。

 どう見ても当時のファンが求める「新作」ではないこのゲームを、それでも当時の制作者たちは作り、そうして長い間、私を捕らえて離しません。


 そんな黎明録の魅力について、語っていきたいと思います。


 主人公は前述した思春期に色々とこじらせてる青年、井吹龍之介、16歳。彼は大の武士嫌いで、礼儀作法を重んじず、会う人会う人につっけんどんな態度で接します。

 もちろん周りとは衝突しますし、様々なキャラクターからたしなめられますがそう簡単には改めません。なぜ彼がそうなったのか、なぜ彼というキャラクターは「そのように作られた」のか。

 そこを気にしながら物語を追っていくと、面白いことがいくつも見つかります。

 また、彼も単に性格が悪いクソガキ、というわけではありません。根は素直で優しく、困っている人を放って置けない。同情し、手を差し伸べ、時には手酷くそれを裏切られることもあります。

 それでも彼は(本人は冷たく振舞おうとしていますが)目の前の気の毒な人を放って置けない性格です。


 彼の目を通して語られる新選組は、本編より少しだけ青臭くて、少しだけ甘ったれていて、そして井吹本人にはめちゃくちゃ厳しい!

 男同士だとそんな感じなんだ!? というのが体験できるのも黎明録の大きな特徴です! 見知ったキャラクター同士の掛け合いだけではなく、井吹という初対面の生意気な少年を彼らは彼らなりにいじり、からかい、本当に時々かわいがります。そのかわいがり方の"雑さ"もまた新鮮で、そんなキャラクターの新たな一面がたまりません。


 物語は、井吹が浪人からカツアゲに遭ったせいで行き倒れ、死にかけているところから始まります。


「おまえに一つ質問してやる。……生きたいか?」

 今まさに死のうとしていた井吹にそう声をかけたのは、後の新選組局長、芹沢鴨

 傲岸不遜唯我独尊、といった風な大男は井吹に握り飯を差し出し、それを踏みつけます。

 それでも泥まみれの握り飯に食らいついてまで生きようとする井吹を気に入った様子で、男は井吹に「恩返しとして俺のもとで雑用をしろ」と言ってきます。


 家族を喪い生きる目的もなく、ただ京へ向かえばなにかあるかもしれない、と旅してきた龍之介はこうしてどうにか住む場所と目には見えない借金を得て、「これからどうやって、なんのために生きるか」という大きな問の答えを模索しはじめます。

 薄桜鬼シリーズのキャラクターたちの過去編であり、あの時代に生きた名もなき一人の青年の成長物語でもある黎明録。

 雪村千鶴の物語が始まる「あの日」の前になにがあったのか。なぜ本編に登場するキャラクターたちは、あんな性格で、ああいう信念を掲げているのか。

 その現場にたまたま居合わせていた龍之介は、そして芹沢は、どうして千鶴と出会うことがなかったのか。


 男主人公であるからこそ見えてくるもの、彼が武士を嫌っているからこそ語られる話。

 落日までひたむきに彼らに寄り添った雪村千鶴とは正反対の視点で語られる黎明の物語、次回からは各ルートの魅力について語っていきたいと思います。