水玉屋

狂いたくないオタク

秀吉とヒヨシについてと考察ちょっと

 こんにちは。これまで通ってきたジャンルと全く接点のなさそうなジャンルにハマり、「新鮮で楽しいなあ」と思っていたら推した男が8年前に推してた男の生まれ変わりだったオタクです。

 8年前にハマってた男は豊臣秀吉(史実、というか創作戦国)  3ヶ月前にハマった男は週刊少年チャンピオンで連載中の「吸血鬼すぐ死ぬ」ヒヨシです。

 多分ちょっと詳しい方なら「いや最初に気付けや」と思う名前の並びなんですが、見た目は銀髪青眼、イケメン、主人公にとっては憧れの兄、一応秀吉と共通するものとしては低身長という特徴もありますがそれくらいです。
 ただ最近ヒヨシについて考えるほど過去の男の面影がちらついてしょうがないのでここでちょっと秀吉とヒヨシについて自分なりの考えをまとめておきたいと思います。  順番は重要そうなポイントから思いつくまま。

 あと以下も以上も私の主観と憶測と願望と幻覚混じりですので、判断は各自にお任せします。

・名前と誕生日
 まず一番の特徴である「ヒヨシ」という名前と100話記念で掲載されたキャラクター大全およびツイッターの「#吸血鬼すぐ死ぬあばよ2018」で確認できる「1月1日」という誕生日について。
 幼名日吉丸、誕生日は一月一日、という二つの要素はいずれも江戸時代の読本、「絵本太閤記」の創作であると言われています。
 おそらく「日吉」と日吉権現や太陽を連想させるものとして、また「ヒデヨシ」という名前に近い響きをしているということで「ヒヨシ」という名前と「1月1日」という誕生日になったのだと思われます。

 ちなみにこの「絵本太閤記」、はじめは一冊で完結する予定だったのが、世間で評判になりその後も続編が次々に出版されました。ちょっとロナ戦みたいですね。(まあフクマさんは初めからシリーズ化させる気満々だったかもしれませんが)
 まあ「本当のことではないが嘘でもない」くらいのロナ戦と違い、実際にどうだったかを切り捨てて秀吉をかっこよく描くために幼名も誕生日も捏造しているあたりはむしろ「アニキ・サーガ」を連想させます。
 初のメイン回に「サーガ(物語)」という語が入っているあたりにも、「日吉丸」という架空の物語で生まれた名前から名を付けられたヒヨシらしいですね。史実の豊臣秀吉本人の名前ではなく、語られるための物語の中の、語られるものだからこそ付けられた名前というあたりが。


・右腕の怪我とそれによる握力の低下
 こっちは逆に信憑性はそれなりに高いけれど、秀吉本人は隠そうとしていたらしい情報についてです。
 秀吉は右手の親指が一本多い多指症だったといわれます。この多指症、当時武士階級であれば幼いうちに切り落としてしまうのが普通なのですが、貧しい家の生まれだった秀吉は大人になってもこの指が残っていたようです。(信長からの呼び名も、実は「猿」ではなく「六ツめ」だったという話もあります)
 これが事実だとすると、宣教師と前田、それから朝鮮の記録にしか残っていないあたりかなりタブーな話題で秀吉本人も後世に記録を残さないよう気を使っていたのかもしれません。

 もちろん共通点は「右手の障害」というだけなので明確に秀吉由来と断ずることはできませんが、名前と誕生日の方が「本人をよく見せるため」のものであるのに対して、ヒヨシの恥ずべき過去を象徴し、またロナルドに対してはそれを隠すために与太話でごまかした傷が「恥として隠そうとしたもの」である多指症と繋がるというのが面白く感じられたため記しておきます。


・内面について
 まあこの辺りははっきりこうとは言いにくいんですが。
 ヒヨシの性格の中で秀吉との共通点を最もよく表しているのはおそらく「女好き」というところでしょう。あとは半田の「隊長はかっこいいからな」(5巻アカジャ)はじめ、隊員(部下)に慕われているらしいところも「人たらし」の秀吉を彷彿とさせます。
 7巻アカジャでやはり半田から出た「隊長は酒に弱いそうだが、人に飲ませるのは大変うまい」という情報からもこうした人たらしの才能があることを読み取れますね。(酒に弱いところは「弱いそうだ」と伝聞である=半田の前でしたたかに酔ったことがないらしいのに対し、「人に飲ませるのは大変うまい」の方が明らかに半田がそうした場面を見てきたらしい言い方であるところもすごいなあと思います)
 また、秀吉の方も酒を好みはしましたがさほど強くはなかったようです。加えて文禄年間に出した「御掟」(大阪城中壁書)の追加部分の八条には「酒者可随様器、但大酒御制禁事。」つまり酒はそれぞれ自分の飲める分だけ無理せず飲め、とあります。
 まあヒヨシが半田の見ていないプライベートなところでへべれけになっている可能性も捨てきれませんが、正直あのかっこつけなところがあるヒヨシがそこまでして酒を飲んでいるところも個人的にはあまり想像できませんので、この辺りの「酒に対するスタンス」も似通っているのでしょう。(そもそもヒヨシ、酒の席はそこそこ好きそうだけど酒そのものは好きなんだろうか……)


・ヒヨシはどこまで秀吉か
 一口に「ヒヨシは豊臣秀吉をモデルに作られたキャラクターである」といっても初めに述べた通り、おそらく秀吉本人をなぞるというよりはそのイメージや役割がベースに置かれているだけだと思います。ヒヨシが晩年に耄碌して大失敗したり血の繋がった子供というものに執着したりというのも想像しづらいですし。
 作中で明確に戦国時代の人物を意識して名付けられているといえそうなのは「カズサ」とその妹である「ヒナイチ」、そして「ヒヨシ」の3人ですが、関係性として完全に一致しているのは「ヒヨシはカズサの部下である」「ヒナイチはカズサの妹である」というところくらいでヒヨシがヒナイチに懸想しているとかカズサの靴をヒヨシが懐で温めてそうとかそういうことは全くありません。(カズサがヒナイチを政治的に利用する気配は若干ありますが)
 正直今のところこの三人の関係が戦国時代の三人を思わせるような形で動くとしたら話のクライマックスか、もしくは単にモチーフにしただけorどこかで没にされたでもう動かないのかもなあと思います。(明智にあたるキャラクターが登場してカズサが失脚、その後ヒヨシが仇をとってヒナイチと対立、とかそれはそれで見てみたい気もするけどまー多分ないよなあ)

 そんなわけでヒヨシ、秀吉の影はめちゃくちゃに感じますが秀吉本人ではないわけで、ゆえにこれからどうなるのか(どうかなるのか)わからないわけで、今までずっと歴史系ジャンルにばかりハマって「基本的にそのキャラや環境、時代が最終的にどうなるか」がぼんやりとでもわかった状態でキャラを愛でていた身としては戦々恐々としております。
 一方戦国時代意識したネタとか展開とかこないかなー!! ってちょっと期待もしつつ、これからも吸死を応援していきたいです、という無難な感じで締めさせていただきたいと思います。

 一応は頭の中を整理できてすっきりしたー!! 論としてはめちゃくちゃだけど!! 許して!!

※これは作家論ではなく作品論として語ったものです。作者が実際にどこまで考えているかについては検討、考慮しておりません。