水玉屋

狂いたくないオタク

⑧芹沢ルートの結論

 さて、「薄桜鬼」といえばメインルートは土方ルート。それに相応しい長さ、質、そして仕掛けを持っていることは本編をやった方ならご存知のことと思いますが、私はシリーズではなく「黎明録」というタイトルに限って述べるのであれば、メインルートはこの芹沢ルートだと思います。

 本編の風間ルートとは違い、必ず"土方ルート"をクリアしなければ開けないこのルート、土方ルートの直後に読むほど心が抉られます。  土方の寄せてくれたほのかな信頼や、山崎と育んだ友情はなく、二人からただ敵として冷たく突き放されるのが芹沢ルートです。  しかしそれこそ、この乱暴で気難しく、傍迷惑で豪胆な「芹沢鴨」を一番そばで見続けることの対価なのです。

 芹沢鴨というキャラクターは、本編には登場しません。雪村千鶴には手の届かない、歴史を変え、救うことのできない唯一の攻略キャラクターが彼です。  だから、私たちは井吹龍之介の語る彼のことしか知れません。  彼の姿は、同じ井吹龍之介から見てもルートによって様々に姿を変えます。井吹は彼を恐れ、時に怒り、時に憐れみ、そして疑問を覚えます。その全ての答えが示されるのが、この芹沢ルートです。  言ってしまえば王道です。他のルートをいくつか見ていれば予想がつく真相と展開。しかしそれは決して、芹沢ルートが退屈だとか平凡だ、という意味にはなりません。むしろ、王道でありながらも先が気になって仕方なくなる、でも読み進めたくない、そんなふうに、人を夢中にさせるだけの魅力ある物語です。

 芹沢もやはり(土方と同じく)、自分から井吹に自分の過去をあれこれ語って聞かせてくれるような人間ではありません。だから井吹は、土方についてを山崎から聞いたように、それまであまり深く関わることもなかった芹沢派の人々から、芹沢鴨という人間についてを知ります。

 あるシーンで、あるキャラクターが芹沢のことを万華鏡に喩えます。それは人によって、全く違う面を見出す、という意味なのですが、それまでにいくつものルートを見てきたプレイヤーならば、きっとルートごとに同じ「井吹龍之介」に違う顔を見せた芹沢のことを思い出すでしょう。

 さて、芹沢のそばにいることを選んだ井吹にはやはり試練が待ち受けます。もちろん、井吹龍之介は歴史を変えるだけの力も機会も持ちません。やっと、初めて見つけた「大切なもの」は彼の手から零れ落ちます。  選び取ったものに手が届かなかったばかりか、自分自身も多くを失った井吹がどうやってそれを乗り越え、立ち上がるのか。自分もまた、全てを見ることはできない一人の人間だと自覚した井吹は、なにを見ることを選ぶのか。

 語り手として完全な人間などいない、と井吹自身が気付くのがこのルートです。メタな話題ですが、しかしその表現も自然で、井吹がそれを嘆くわけではなく、むしろ前向きに受け止める理由も人間臭くて胸に迫ります。

 また、土方ルートを見たからこそぐっとくる表現が散りばめられた本ルート、語り手だけではなく「ルート分岐型ノベルゲーム」だからこそできる仕掛けには、感動させられるだけでなくライターの腕の見事さに唸らさられるポイントでもあります。

 そんな、さまざまな魅力がたっぷり詰まった黎明録。プレイするハードルはそれほど高くはありません。

 まずハードについてですが、2010年のPS2以降、PSP、DS、PS3、vitaと移植を繰り返しています。黎明録をたっぷり楽しみたい!という方ならそれまでの追加要素が全て入ったvita版がおすすめですが、まずは軽く物語に触れたい、という方は手持ちのハードと中古価格や特典とご相談ください。(PS2PSP版なら1,000円以下で入手可能です)

 またゲームとしての難易度はおそらく最低。乙女ゲームやノベルゲームをやったことがある方ならイメージがつきやすいかと思いますが、基本的に操作は選択のみ。作中にミニゲームもレベル上げも関わってはきません。ゲームというよりはむしろフルカラー、フルボイス、立ち絵差分付きのゲームブックとして捉えて貰った方が正確だと思います。 (何度か話に出てきた十六夜挿話もその時に読むかあとで読むかの選択が出てきますが、基本的にはその時に読むことをおすすめします)

 和物、ファンタジー、歴史、幕末、新選組、キャラクター、声優、スチルなどなど、ひとつでも気になったポイントがある方は、よかったらぜひ触れてみてください。 (読みゲーは苦手、という方にはミュージカル薄桜鬼 黎明録をおすすめしておきます!!!!) (アニメ版は、個人的にはあまりおすすめしておりませんのでご承知おきください……)