⑧芹沢ルートの結論
さて、「薄桜鬼」といえばメインルートは土方ルート。それに相応しい長さ、質、そして仕掛けを持っていることは本編をやった方ならご存知のことと思いますが、私はシリーズではなく「黎明録」というタイトルに限って述べるのであれば、メインルートはこの芹沢ルートだと思います。
本編の風間ルートとは違い、必ず"土方ルート"をクリアしなければ開けないこのルート、土方ルートの直後に読むほど心が抉られます。 土方の寄せてくれたほのかな信頼や、山崎と育んだ友情はなく、二人からただ敵として冷たく突き放されるのが芹沢ルートです。 しかしそれこそ、この乱暴で気難しく、傍迷惑で豪胆な「芹沢鴨」を一番そばで見続けることの対価なのです。
芹沢鴨というキャラクターは、本編には登場しません。雪村千鶴には手の届かない、歴史を変え、救うことのできない唯一の攻略キャラクターが彼です。 だから、私たちは井吹龍之介の語る彼のことしか知れません。 彼の姿は、同じ井吹龍之介から見てもルートによって様々に姿を変えます。井吹は彼を恐れ、時に怒り、時に憐れみ、そして疑問を覚えます。その全ての答えが示されるのが、この芹沢ルートです。 言ってしまえば王道です。他のルートをいくつか見ていれば予想がつく真相と展開。しかしそれは決して、芹沢ルートが退屈だとか平凡だ、という意味にはなりません。むしろ、王道でありながらも先が気になって仕方なくなる、でも読み進めたくない、そんなふうに、人を夢中にさせるだけの魅力ある物語です。
芹沢もやはり(土方と同じく)、自分から井吹に自分の過去をあれこれ語って聞かせてくれるような人間ではありません。だから井吹は、土方についてを山崎から聞いたように、それまであまり深く関わることもなかった芹沢派の人々から、芹沢鴨という人間についてを知ります。
あるシーンで、あるキャラクターが芹沢のことを万華鏡に喩えます。それは人によって、全く違う面を見出す、という意味なのですが、それまでにいくつものルートを見てきたプレイヤーならば、きっとルートごとに同じ「井吹龍之介」に違う顔を見せた芹沢のことを思い出すでしょう。
さて、芹沢のそばにいることを選んだ井吹にはやはり試練が待ち受けます。もちろん、井吹龍之介は歴史を変えるだけの力も機会も持ちません。やっと、初めて見つけた「大切なもの」は彼の手から零れ落ちます。 選び取ったものに手が届かなかったばかりか、自分自身も多くを失った井吹がどうやってそれを乗り越え、立ち上がるのか。自分もまた、全てを見ることはできない一人の人間だと自覚した井吹は、なにを見ることを選ぶのか。
語り手として完全な人間などいない、と井吹自身が気付くのがこのルートです。メタな話題ですが、しかしその表現も自然で、井吹がそれを嘆くわけではなく、むしろ前向きに受け止める理由も人間臭くて胸に迫ります。
また、土方ルートを見たからこそぐっとくる表現が散りばめられた本ルート、語り手だけではなく「ルート分岐型ノベルゲーム」だからこそできる仕掛けには、感動させられるだけでなくライターの腕の見事さに唸らさられるポイントでもあります。
そんな、さまざまな魅力がたっぷり詰まった黎明録。プレイするハードルはそれほど高くはありません。
まずハードについてですが、2010年のPS2以降、PSP、DS、PS3、vitaと移植を繰り返しています。黎明録をたっぷり楽しみたい!という方ならそれまでの追加要素が全て入ったvita版がおすすめですが、まずは軽く物語に触れたい、という方は手持ちのハードと中古価格や特典とご相談ください。(PS2やPSP版なら1,000円以下で入手可能です)
またゲームとしての難易度はおそらく最低。乙女ゲームやノベルゲームをやったことがある方ならイメージがつきやすいかと思いますが、基本的に操作は選択のみ。作中にミニゲームもレベル上げも関わってはきません。ゲームというよりはむしろフルカラー、フルボイス、立ち絵差分付きのゲームブックとして捉えて貰った方が正確だと思います。 (何度か話に出てきた十六夜挿話もその時に読むかあとで読むかの選択が出てきますが、基本的にはその時に読むことをおすすめします)
和物、ファンタジー、歴史、幕末、新選組、キャラクター、声優、スチルなどなど、ひとつでも気になったポイントがある方は、よかったらぜひ触れてみてください。 (読みゲーは苦手、という方にはミュージカル薄桜鬼 黎明録をおすすめしておきます!!!!) (アニメ版は、個人的にはあまりおすすめしておりませんのでご承知おきください……)
⑦土方ルートの時間
ファンの間での通称は山崎ルート、ですが個人的にはそうは思いません。
黎明録というのは、誰かの生き方を通して龍之介が自分自身を見つめなおす話です。その点で言えばこの土方ルートも(ガイドとして同じように土方を見つめる山崎がとなりにたちますが)やはり土方の生き方を見つめる話に当てはまります。 土方にとっての敵である芹沢の小姓という立場上、龍之介と土方とが親しく言葉を交わす関係になることはありません。ただ、日々の隙間、すれ違いざまに交わされるやり取りの中で、土方は少しだけ龍之介に心を許し、龍之介も土方に興味を持っていきます。 そんな中で芹沢が龍之介を、土方直属の部署である「監察方」にねじ込んだ理由はわかりません。ただ、そうして互いに計らずも仮初めの主従関係を結び、龍之介は衝突の末に親しくなった山崎を通して土方を知っていきます。 土方ルートの龍之介は、非常に中途半端です。隊士ではないのに隊務をこなし、芹沢派の人間でありながら土方のために働く。 一度は物語の冒頭で死ぬはずだった龍之介は、しかしこのルートにおいてのみ設けられた"タイムリミット"までに自分の生き方を決めることが出来ません。変われないままだった龍之介はその報いを受け、命こそ拾ったものの進むことも引くこともできない立場に追い込まれます。 そんな龍之介が本当に長い時間をかけて、いくつもの出会いと別れを経て、自分の人生のスタート地点にたどり着くまでの話がこの土方ルートです。
始めと変わらず、なにも選び取れない龍之介が、変わらないままだったがゆえに迎えられたエンディングは、「薄桜鬼」というシリーズ、またそのシリーズを背負って立つ土方というキャラクターの人生の一つの節目に相応しいものだと思います。 寄り添い続けた千鶴だからこそ語れない、「薄桜鬼」と「土方歳三」のもう一つの側面です。
⑥沖田ルートの対称
平助と龍之介がワンコンビだとすればこちらはワンニャンコンビ。 ひねくれ者の龍之介と同じくひねくれ者の沖田、ひねくれ者同士うまくいく、なんて都合のいい話はありません。 いじめっ子気質の気まぐれ屋さんな沖田となんだかんだ言って生真面目な龍之介はまさに猫と犬。沖田にからかわれいじめられいじられ、と龍之介は散々な目に遭います。 ただし沖田といってもやはり黎明録、斎藤が物語開始時点でもっとも覚悟を決めていたとすれば、ライバルである沖田はもっとも揺らぎ、惑うキャラクターです。龍之介と違うのは、それでも迷わないたった一つの"目的"があるところ。 いじめたりいじめられたりするうちに、沖田と龍之介はお互いになにも持っていない子供だった者同士だということに気付きます。もちろんそこは犬と猫、気質の違いもありますが、もっとも大きいのは「近藤さんのような大人がそばにいたかどうか」 なにも持っていなかった沖田は、自分にとっての唯一である近藤さんのためなら、たとえ近藤さんを悲しませてでも剣になろうと足掻きます。 そして近藤さんのような人と出会えなかった井吹は、そんな沖田を羨ましくも悲しくも、恐ろしくも思います。 近藤さんのためなら何者であろうと斬る、と決めた沖田と、沖田からすれば近藤さんの敵にあたる芹沢側の人間である龍之介。もちろん剣の腕では沖田にかなうべくもない龍之介ですが、どんな結末を迎えるやら。 ここでも注目して欲しいのは二人の関係性。友達というには刺々しく、知り合いというには知り過ぎていて、もちろんどっちも相手の面倒なんて見ないし見られたくなんてない。でもなんだか気になって仕方ない相手。 いつも下にみておもちゃにしていた龍之介に沖田が時折真剣に投げかける言葉のひとつひとつにたまらないほどの情感がこもっていて、胸をえぐられます。
クライマックスは読み進める度「バッドエンドに入ったか?」と不穏になるようなハラハラ感。 エンディングの寂しさや爽やかさ、少しの嬉しさや懐かしさ、その余韻は、沖田というキャラクターによく似ているように感じられます。
⑤斎藤ルートの成長
斎藤一は忠義者で冷静沈着で無口、一見して氷のように冷たい印象を受ける。 ……かもしれませんかこのCV鳥海浩輔、実はとんだ剣術バカの熱血漢、なおかつ頑固でなにより我が強い!!!!(クソバカ大声)(個人の見解です) ぱっと見はイメージカラー藍色、表情も平坦で顔もよく見えないし露出も少ない!けど!我がめちゃくちゃに強い…… それ故に斎藤は長らく自分がなにより打ち込んでいる剣術の世界でも爪弾き者でした。それを近藤、土方に救われたからこそ、浪士組として上京してきたわけではない彼はあとから「あの人達の力になれるなら」と恩返しもあって浪士組に参入します。
龍之介との関係を表現するのはとても難しいです。友人や先輩、兄貴分はもちろん、師匠というにも離れている、遠すぎず近すぎず、斎藤の他人との距離の取り方がよく見える話です。 しかしだからといって突き放しているわけではありません。他人のまま、しかししつこく嫌がる龍之介に剣術を教えてみたり、何かにつけて構います。 それは多分、斎藤も龍之介に自分の過去を重ねていたからではないでしょうか。
誰からも認められず、どこにも属せず放浪する。そんな龍之介にいつか自分が近藤達に教えてもらった「好きなことで認められる喜び」というものを自分も教えてやりたい、と不器用ながら思ったのかもしれません。 だからこそ、近すぎず遠すぎず、"爪弾き者"の先達らしく、少し遠くから、でも斎藤の全力で龍之介と関わり、背中を押します。
平助と同じく攻略対象の中で最も年が近い組み合わせの一つでもあるのですが、比較してみると何もかもが異なっていて面白いです。 また、斎藤の他人との関わり方だけでなく、昔からの仲間、友人、そして恩人への態度もよく見えるのがこのルート。特に正反対なようでいて「剣術バカ」というお互い最も譲れない一点において息が合う永倉への態度、や、クライマックス、恩人である土方に対し真っ向から「我を通す」斎藤の姿は(本編をやった人からすればそうでもないかもしれませんが)キャラクターの第一印象を気持ちよく覆し、斎藤もまた「薄桜鬼」という泥臭い、青臭い物語のメインキャラクターなのだと再確認させてくれます。
また、斎藤ルートだけが龍之介との別れのシーンで陽の下にいます。やり取りは物騒なものですが、交わされる感情のあたたかさにはぐっと来ます。 「誰からも認められず生きていた」二人は一見孤独な生き方を選んだようにも見えますが、斎藤には仲間が、そして千鶴が寄り添うようになり、龍之介も斎藤にとっての剣術のように打ち込めるものを見つけ、それを通して世の中と関わっていきます。 「爪弾きもの」が「自分の本分」を見つけ世界とつながっていく。自分にとって心地よいつながり方を見つけた二人の物語は「単品でも物語としての完成度が高い」と黎明録中屈指の人気を誇りますが、それは決して斎藤一というキャラクターの魅力に頼り切ったものではなく、一つの成長物語としての面白さが評価されてのことだと私は思います。
④藤堂ルートの選択
バッドエンドを見ろ!!!!
失礼
平助と龍之介とはワンコンビ、年が近いことと、藤堂の持ち前の人懐っこさもあって同性の登場キャラの中では初っ端から唯一「龍之介」「平助」と呼び合う仲に。 黎明録は主人公と攻略対象の関係に中々はっきりとした名前が付くことがないのですが、平助ルートは最も友人らしい友人と呼べる関係だと思います。
CV吉野で明るく茶目っ気があり、少しドジなところもある平助と、CV関智一でつっけんどんながらなんだかんだ困っている人を放って置けない龍之介とは、まるで高校のクラスメートか何かのように親しくなります。 しかしそれでも舞台は幕末。同じわんこ属性でも段々と二人の生きる上での覚悟の差はあらわになっていきます。 迷いながらも着実に自分の道を選び取っていく平助と、そんな平助をそばで見つめる龍之介。私の中での平助ルートのテーマは「選択」です。 友人としての関係を深めながらも、平助は決して龍之介に対する態度をなあなあにすることはなく「おまえも決めなきゃダメだ」と迫るところに、たった二つの年の違いと生きる上での覚悟の差が表れます。なにごとにも後ろ向き、否定的な龍之介と、いつだって前を向こうとする平助の対比も見ていて思わずため息が出るほどうまい! 話の要所要所で登場する某キャラにもほんの少しだけ見せ場らしきものがあったりなんかして、クライマックスでは平助のこれから、本編での信念や千鶴との関係を予感させるような決め台詞も聞けて、とにかくドキドキワクワクするルートです!
個人的に、実はちょっと神経質で思いつめがちな平助と、実はなんだかんだ言って楽天家な龍之介だから、うまくバランスが取れていたのかな、と思います。 黎明録の見どころの一つに、それぞれ異なる龍之介の「新選組の去り方」がありますが、このルートの別れはなんとも2人らしい、心地よい読後感に包まれるものになっています。
またバッドエンド専用の立ち絵、表情の書き下ろしがあるのもこのルートだけです。スチルが書き下ろされた本編沖田ルートバッドほどのボリューミーはないかもしれませんが、その後の十六夜挿話も必見です! 平助が他のルートやトゥルーエンドでは関わっていないだろうある事件の中心にいる姿が、平助に近いあるは人物の時点で見られます。
③原田ルートの視野
みんなの兄貴分!原田さーん!!(CV遊佐) ということで個人的に「もっとも話の本筋から遠く、主人公や原田自身が立場などに縛られず個人の幸せを追い求める話」こと原田ルートです。 なんと!あの龍之介に!!お嫁さんが出来る!!!!!さすが!!!!(????)
島原で、真っ向から芹沢さんに歯向かった気丈な少女、小鈴。彼女と出会い、龍之介は今まで目を向けてこなかった彼女が生きる世界や価値観を知っていき、だんだんと彼女自身に惹かれていきます。 武士嫌い、という点で一致した幼い二人を引き合わせた芹沢と、二人の背中を押す原田の大人同士のやりとりは雰囲気もかっこよく、どちらのファンにも読んでほしい!! 面白いのは多くが龍之介が攻略対象の今や過去と重なる中、原田だけは未来と今の龍之介とが重なるようになってるんですね。本編終了後の原田が夫としては龍之介よりも年季が浅い、というのも個人的なツボです。
原田ルートから派生する小鈴ルートの方は原田ルートに比べ、重苦しい雰囲気。ただこのルートで原田に代わって背中を押す意外な人物の発言、二人を結ぶアイテムの由来、原田と千鶴のエピソードの代わりの十六夜挿話などなど、短いながら見所満載!小鈴の「本当の名前」がわかるのもこのルートだけです。 ちょっと気になるのは、このルートのラストシーンのタイトルが原田ルートの××エンドと同じ言い回しなことくらい……?
なんにせよ、「男の生き方」がテーマである原田ルートとは反対に、女性がキーとなるストーリーです。龍之介が嫌っている自分の母親からの影響を自覚し、それを改め小鈴に頭を下げるシーンは成長物語としても素晴らしい。
はじめに「中心から遠い」と言ったとおり、これらルートの龍之介は「武士とは何か」というものに答えを出しません。芹沢さんの真意も、土方さんの覚悟も。 でも原田や小鈴を通して龍之介は「自分が嫌っていた武士や、見下していた花街の女性にも、こんな人間がいるんだ」と知ります。役割で人を見ることを辞め、一人の人間として扱うようになった龍之介は、小鈴とともに武士の時代の終わりを迎え、これからも幸せに生きていくでしょう。 (なお、他のルートでも龍之介と小鈴は出会いますが一緒になるのは以上二つのルートだけです)
②ノーマルルートのすゝめ
ノーマルルート
適当に選択肢を選んでいくと大抵は斎藤ルートバッドかこのルートに入ります。「ノーマルバッド」と呼ぶ方もいますが、ここではあえて「ノーマルルート」と呼称します。 簡単にいうと、まあ井吹は死にます。いわばこれは打ち切りルート。しかし私はどうしてもこれをバッドエンドとは呼びたくない。
なぜならこれは井吹龍之介の本質の話だからです。もちろん、井吹は人間、しかもいろんな可能性を秘めたキャラクターですから一口に本質といっても色々あります。 これはそのうちの一つ、「武士としての井吹龍之介」の話です。あるいは「情を移した相手を放っておけない、助けたがる」というのもあるかもしれません。 この本質は、このルート以外でもちょくちょく顔を見せますが、このルートの井吹龍之介はそれをもう否定しません。誰とも別段交流を深めなかった井吹は、しかしたかだか3ヶ月ほどを共に過ごした人々のために自分の命を捧げます。
見所はそこにもありますが、このエンディングの真髄はその後、視点が井吹を離れる「十六夜挿話」という主人公以外のキャラクターから見た話のうちのひとつ。 井吹の死を見届けた人物は、井吹龍之介という青年の生き様を、死に様を、どう評価するのか、それになにを思い、どんな反応をするのか。
打ち切りエンドでありながら単品でも十分に楽しめるクオリティ、最後のシーンのカタルシスは薄桜鬼に触れたことがある人間ならたまらないものがあります。 また、共通ルートから個別ルートに入ると長いため、初プレイ時にこれを見ておくとその後の攻略で共通ルートの既読スキップができるようになりつつ、1週目もまとまった物語として楽しめる、という利点があります。 本編プレイ済みで初めて黎明録をされる方にはオススメのルートです! (ただし薄桜鬼本編のゲームにもアニメにも触れてこなかった、黎明録から薄桜鬼に入る。という方は、隠しルートをプレイした後の方がオススメです)
①黎明録という作品
薄桜鬼に初めて触れる人、本編だけ触れた人、あるいは黎明録は途中でやめてしまった人。
そういう中でも黎明録に触れてみようかな、と思ってる人が、黎明録に触れてくれたらいいな、と思って書いた文章です。(ネタバレ満載)
黎明録、というのはなんというか、不思議なゲームです。薄桜鬼がアニメ化され、勢いがではじめた2010年に出た当時のシリーズ最新作。しかし乙女ゲームなのにまさかの男主人公、さらにメインキャラクターたちの目指す立場であり、作品のテーマである「武士」を「くそくらえ」と否定する。生意気で、ひねくれていて、そのくせ弱っちくて口先ばっかり。とまあクセが強く、ジャンルも「女性向け歴史AD V」となんなんだそれは初めて聞いたぞ……?という謎のくくり。
どう見ても当時のファンが求める「新作」ではないこのゲームを、それでも当時の制作者たちは作り、そうして長い間、私を捕らえて離しません。
そんな黎明録の魅力について、語っていきたいと思います。
主人公は前述した思春期に色々とこじらせてる青年、井吹龍之介、16歳。彼は大の武士嫌いで、礼儀作法を重んじず、会う人会う人につっけんどんな態度で接します。
もちろん周りとは衝突しますし、様々なキャラクターからたしなめられますがそう簡単には改めません。なぜ彼がそうなったのか、なぜ彼というキャラクターは「そのように作られた」のか。
そこを気にしながら物語を追っていくと、面白いことがいくつも見つかります。
また、彼も単に性格が悪いクソガキ、というわけではありません。根は素直で優しく、困っている人を放って置けない。同情し、手を差し伸べ、時には手酷くそれを裏切られることもあります。
それでも彼は(本人は冷たく振舞おうとしていますが)目の前の気の毒な人を放って置けない性格です。
彼の目を通して語られる新選組は、本編より少しだけ青臭くて、少しだけ甘ったれていて、そして井吹本人にはめちゃくちゃ厳しい!
男同士だとそんな感じなんだ!? というのが体験できるのも黎明録の大きな特徴です! 見知ったキャラクター同士の掛け合いだけではなく、井吹という初対面の生意気な少年を彼らは彼らなりにいじり、からかい、本当に時々かわいがります。そのかわいがり方の"雑さ"もまた新鮮で、そんなキャラクターの新たな一面がたまりません。
物語は、井吹が浪人からカツアゲに遭ったせいで行き倒れ、死にかけているところから始まります。
「おまえに一つ質問してやる。……生きたいか?」
今まさに死のうとしていた井吹にそう声をかけたのは、後の新選組局長、芹沢鴨。
傲岸不遜唯我独尊、といった風な大男は井吹に握り飯を差し出し、それを踏みつけます。
それでも泥まみれの握り飯に食らいついてまで生きようとする井吹を気に入った様子で、男は井吹に「恩返しとして俺のもとで雑用をしろ」と言ってきます。
家族を喪い生きる目的もなく、ただ京へ向かえばなにかあるかもしれない、と旅してきた龍之介はこうしてどうにか住む場所と目には見えない借金を得て、「これからどうやって、なんのために生きるか」という大きな問の答えを模索しはじめます。
薄桜鬼シリーズのキャラクターたちの過去編であり、あの時代に生きた名もなき一人の青年の成長物語でもある黎明録。
雪村千鶴の物語が始まる「あの日」の前になにがあったのか。なぜ本編に登場するキャラクターたちは、あんな性格で、ああいう信念を掲げているのか。
その現場にたまたま居合わせていた龍之介は、そして芹沢は、どうして千鶴と出会うことがなかったのか。
男主人公であるからこそ見えてくるもの、彼が武士を嫌っているからこそ語られる話。
落日までひたむきに彼らに寄り添った雪村千鶴とは正反対の視点で語られる黎明の物語、次回からは各ルートの魅力について語っていきたいと思います。
小説を書くのが楽しい
ブログは井吹龍之介の名前についてを最近書いたばかりだと思っていたら5ヶ月近く経ってて笑いました。
11月のゆきさくら第十八章にフォロワーのかーきさんと参加するのですが、つい先日そこで出す新刊の中身を書き終えました。あと明日ちょっと体裁整えて扉やらと合体させたら完成です。もう書かなきゃいけない小説はないです。
そういう状態になったんですけどなぜか私は書くものを探してるんですよね。小説を書くの楽しくてたまんねえしそれを本にすることを目標にするとめちゃくちゃ捗る。本を出すためにまずイベントに申し込む人はこんな気持ちなんだろうか。
いやマジで「原稿」をやるの楽しかったんですよ。表紙のアドバイスもらったりとか途中経過を見せて励ましてもらったりとか完成してからも誤字脱字訂正のために読んでもらった人たちにめちゃくちゃ褒めちぎってもらって脳が気持ちよくなっちゃう物質ドバドバ出してた。
まあまた本はろくに売れないでしょうし赤字になるのは割と見えてるんですけどそれでもそれが気にならなくなるくらい楽しかったしなんなら今も楽しい。表紙や扉やPDF化した本文を眺めるだけでわくわくする。これがなくなったら即座に次のイベントに申し込んでしまうかもしれない。
(たぶん2年前はイベントが終わった瞬間から卒論始めないとヤバかったから助かった)
これから自分もイベント中毒になってしまったらどうしようと思いつつ、この先をずっとこんな気持ちで生きられるかもしれないなんてめちゃくちゃ楽しそうじゃん!!と期待に胸膨らませてる自分もいます。
あ、とりあえず4月のゆきさくらは合同本の約束があるので確実に出ます。よろしくお願いします。テーマは「旅する井吹龍之介」です。我ながら井吹龍之介でアンソロ作るだけでもハードルたかそうなのにと思うんですけど旅する井吹龍之介を書きたい人たちと作る本ぜったいめちゃくちゃ面白いだろうなと思うので悔いはないです。使おうと思ってたネタがかなりの人の地雷を踏み抜きそうな感じなので代わりのネタ出し頑張っていきたい感じの秋です。
私の推しの名前について
以下の文章は全て私個人の推測であることを念頭に置いた上でお読みください。
私のツイッターをフォローしている人の大部分は知っているかと思いますが、私の推しは井吹龍之介という名前をしています。
薄桜鬼という乙女ゲームのファンディスク(番外編のようなもの)である黎明録の主人公で、本編より前にあった出来事の語り手です。戦う力もなく、物質的にも精神的にも貧しく育ち、自分に対しても他者に対しても否定的で、しかし本当の意味で全てを諦めてしまうことができない。本当に困っている人間がいれば手を差し伸べ、求められれば与えることをやめられない。そういう人間くさくてお人好しな彼が私は好きです。
なぜそういうキャラクターに井吹龍之介という名前が付けられたのかということについて、一通り自分にとっての結論らしきものが出たのでメモも兼ねてここにまとめておきたいと思います。
・音について
井吹龍之介という名前のベースになったのは、とりあえず市村鉄之助という薄桜鬼では存在していない隊士だと思われます。この点については説明するまでもないかもしれませんが一応の根拠を以下に挙げます。
まず前提として、薄桜鬼本編の主人公、雪村千鶴の役職は「土方歳三の小姓」であり、雪村千鶴の名前のうち名字の「〜imura」の音や、名前の1音目の「chi」が市村鉄之助の名字の2音目と同じであること、2音目が「du」であり鉄之助の名前の2音目である「tu」の濁音であることなどから、雪村千鶴の名前には市村鉄之助の影響があると言えます。
そして雪村千鶴が主人公であった「薄桜鬼ー新選組奇譚ー」のファンディスク「薄桜鬼 黎明録」の主人公が私の推しの井吹龍之介です。
井吹龍之介の名前と市村鉄之助の名前のうち、重複箇所は名字の1音目の「i」、名前の後半の「nosuke」です。
市村鉄之助から雪村千鶴と井吹龍之介ら、二人の主人公の名前と重複していない部分を抜き出すと名前の1音目であり名前の真ん中の「te」あるいは濁音との区別を残すなら「鉄」だけが残ります。また反対に雪村千鶴の名前から市村鉄之助との重複部分を引けば「yuk」「ru」と初めと終わりの音だけが残ります。また、井吹龍之介の方はというと、「buki」「ryu」とこれも名前の真ん中だけが残ります。三人の中での比較なのでこの分け方の根拠は薄いですが、三人の中では男性が名前の真ん中だけが、女性は名前の両端だけが彼/彼女の独自に持つ部分だということがわかります。別の観点から見るのなら、雪村千鶴と井吹龍之介の名前はどちらも個人としては不完全なものであり、両者の名前(のうちそれぞれ本人だけが持つ部分)を組み合わせて、やっと一人分の名になるという風にも読み取れます。
雪村千鶴の名前に残った「雪」や濁音と清音を区別する場合に残る「鶴」の意味についても触れたいところですが、ここでは省略します。
話を井吹龍之介個人に戻します。このように井吹龍之介の名前の音のほとんどが市村鉄之助や雪村千鶴からの影響を受けていることがわかります。
では、その影響下にない「ぶき」「りゅう」の部分や、音とは無関係な漢字の部分にはどのような意味、あるいは価値が読み取れるでしょうか。
・いぶき、という音
井吹龍之介、という名前のうち頭と終わりと「い」「のすけ」には必然性があるという話を先ほどしましたが、ではなぜ井吹龍之介は「井吹」という名字なのでしょうか。市村鉄之助とのつながりを作るためであれば、市川、とかそれこそ千鶴のように名字のうち1文字が完全に重なっていても良かったように思います。(千鶴と鉄之助の名前の重なりが漢字の上では一文字なことを考えての選択という風にも受け取れますが)
いぶき、という音のものを探してみると、意味あるものは「息吹」「伊吹」の2種類になります。
https://www.weblio.jp/content/%E3%81%84%E3%81%B6%E3%81%8D
ウェブリオのこのページを見てみると息吹の方は息遣いや気配、春の息吹を感じる、などで使われるような生気の意味もあります。「りゅうのいぶき」というのはポケモンやモンハンでもありますし、ちょっとそれ以前の説得力のありそうな具体的な例は見つけられなかったのですが、ある程度は一般的な言葉ですね。
伊吹の方はというと、米原市の地名や、そこにある山の名前というのが出てきます。木の種類でもあるようですが、ここでは割愛します。
伊吹山の話をもう少し深く見てみましょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%90%B9%E5%B1%B1
古くは日本書紀や古事記に登場する歴史ある山のようです。薬草も取れるという点は、少し井吹龍之介の母親や、土方ルートを思い出させますね。
上記のページにはありませんが、伊吹山にはさらに興味深い話があります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E5%91%91%E7%AB%A5%E5%AD%90
このページの「地方伝説」の項目に伊吹山の酒呑童子の話が載っています。(ちなみにこの伊吹山と酒呑童子の繋がりとについては、黎明録発売前の2ちゃんねるのスレッドへの書き込みで知ったので私が気付いた訳ではありません。ご承知おきください)
酒呑童子といえば、薄桜鬼のメインヒーロー、土方のライバル、西の鬼の頭領である風間千景との関係が深いですね。
原作の土方ルートで、異国の鬼(推定吸血鬼)の血を飲み怪我を負ってもたちどころに回復する羅刹となった土方を殺すため、風間千景は「童子切安綱」という、源頼光が酒呑童子を退治した際に使ったと言われている刀を用います。これにより土方は、風間に童子切安綱によって付けられた傷だけは普通の人間のように回復を待たなくてはならなくなりました。
つまり風間は、土方を自分と同種の鬼、「酒呑童子」に見立てて殺そうとした訳です。
ここで酒呑童子は、伊吹山の八岐大蛇と地元の長者の娘との間に生まれ、はじめは人間だったと言われています。しかしある日、鬼の面を付けたまま眠ってしまい、その面が外れなくなり、最終的には母親の導きで本物の鬼となります。
黎明録が最初に発売された、2010年に出たPS2版の黎明録の限定版パッケージや、オープニングで主人公の井吹龍之介の足元、沖田、斎藤、藤堂、原田の攻略キャラクターたちが映し出された後、最後に映る土方は首から赤い目をした鬼の面を下げています。そして作中で土方にとって指針、あるいは呪いとなる芹沢の言葉は「土方、おまえは鬼になれ」です。
これらの繋がりから、井吹龍之介の「いぶき」という音は酒呑童子伝説がある「伊吹山」が由来と思われます。
・井吹、という漢字について
いぶき、とパソコンやケータイで打ってみると、ほとんどのものでは漢字変換ははじめに伊吹や息吹と出てくるのではないでしょうか。井吹、という字も出てはきますが、その二つより順位は下に来るかと思います。(もちろん井吹と変換したことのないものの場合です)
井吹龍之介の名字が「いぶき」である理由は先ほどお話ししましたが、ではなぜ由来となったと思われる「伊吹」ではなく「井吹」という字があてられているのでしょうか?
そもそも井吹龍之介の先祖については、黎明録発売前のGirl’sStyle2010/07号に掲載されたSSに以下のように記述されています。
『先祖は元々、近江にある藩の大名に仕えていたそうだが、のちに御家人として召し抱えられることになったらしい』
近江には先ほども登場した伊吹山もあります。江戸時代初期は佐和山藩、という藩の中に組み入れられていたようです。(https://www.digitalsolution.co.jp/nature/ibuki/Information/old-story/ibukiyama-kochizu.htm)
佐和山といえば、関ヶ原の西軍の大将である石田三成が居たことで有名ですが、関ヶ原の戦いの後、佐和山藩を治めていたのは井伊直虎や直政で有名な井伊家だったようです。幕末に桜田門外の変で暗殺された大老・井伊直弼もこの家の出身ですね。
また、井伊直政は家康からの期待も厚く、当時の井伊家には家の基盤強化のため家康のところから寄越された家臣も多くいたようです。また、当時の井伊家の軍律は厳しく、そうして家康から与えられた家臣の中には直政の厳しさに耐えかね、家を出奔した者もありました。そうした者が後に徳川家への復帰を許された例もあります。
井吹龍之介の名字が「井吹」であるのも、この井伊家との繋がりがあると考えれば自然です。その場合、井吹家が元々伊吹山の近くの土着勢力だったのか、それとも徳川から井伊家へと遣られ、分家なりなんなりで伊吹山と井伊に因んだ名前を貰ったのかはわかりませんが、井伊家の「井伊」という二文字は、"井"吹と"伊"吹とを繋ぐことが出来ます。
・龍について
さて、ここまでの中で井吹龍之介という名前のうち、残すところはとうとう名前の一文字目だけどなってしまいました。
龍というのは誰しもご存知の架空の生き物かと思います。先ほど述べたように伊吹山は蛇神も祀っていますし、そこを意識したチョイスとも言えそうです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%AB%9C
ウィキペディアの日本の竜のページですが、竜とは水神として祀られることが多かったようです。また、雨乞いの対象にもなったとか、海神としても祀られていたとか。
黎明録をプレイしたことのある方はご存知のことと思いますが、井吹龍之介にとって命の恩人である芹沢鴨暗殺の日の天気は大雨です。また、井吹龍之介が芹沢鴨暗殺の日より前に新選組の元を離れる沖田、藤堂、原田、小鈴ルートのうち、原田ルートを除く3つのルートでの井吹龍之介と攻略対象との別れ(小鈴の場合は再会と出発)は必ず鴨川のほとりで行われます。沖田ルートなどは川に突き落とされることで井吹龍之介は表向き死んだものとされ、生き延びることが出来ます。川辺での別れのシーンがない原田ルートでも川を越える描写があります。
また、薄桜鬼の中でメインルートである土方ルートで井吹龍之介は雷雨の夜、芹沢鴨の死に立ち会い、自らも命を失いかけますが、このルートでも川というのは大きな意味を持ちます。
まず、井吹が土方を見届ける原因となった山崎との関係は衝突ののち、鴨川の川辺での和解から始まります。その中で山崎は、土方と近藤との夢が始まった場所として多摩川のことを語ります。そして土方ルートのラスト、土方の写真と髪とを持った井吹が土方の故郷へとそれらを届けたあと、物語のエンディングは土方と近藤との夢の始まりの地である多摩川のほとりで井吹龍之介が自らの歩んできた道を肯定する、というものです。
以上のように井吹龍之介、ひいては黎明録において川や雨というのは重要な意味を持って居ます。
加えて、井吹龍之介の元となった市村鉄之助の兄の名前は「辰之助」と言います。辰とは干支の龍ですね。これも「龍之介」の名前を作った要素の一つと見ても構わないかと思います。
以上が、今の時点で私が井吹龍之介の名前について思っていることとなります。これ以後も新しい気付きがあり次第、このページに追記として書き加えていこうかと思います。
他になにかお気付きの点がある方は、ブログなりツイッターなりで教えていただけるととても嬉しく思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
あと万が一、億が一、黎明録をやったことはないけどこのページを読んで、黎明録に興味を持ったという方がいらっしゃいましたら是非ともよろしくお願い申し上げます。
下に貼ったリンクの商品のパッケージの真ん中にいるのが先述した鬼の面を首から提げた土方歳三になります。
また、下に貼ったPS2版の他にもPS3、PSP、PSvita、DSにも移植済です。中古ならそんなに値段もしません。きちんと本編のメッセージ性を活かした形でのミュージカル化もされていますのでゲームに時間を割けず2.5次元に抵抗のない方は是非とも機会があれば見てみてください。dアニメなどで配信があった場合は私のツイッターアカウントが騒ぎます。
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