水玉屋

狂いたくないオタク

秀吉とヒヨシについてと考察ちょっと

 こんにちは。これまで通ってきたジャンルと全く接点のなさそうなジャンルにハマり、「新鮮で楽しいなあ」と思っていたら推した男が8年前に推してた男の生まれ変わりだったオタクです。

 8年前にハマってた男は豊臣秀吉(史実、というか創作戦国)  3ヶ月前にハマった男は週刊少年チャンピオンで連載中の「吸血鬼すぐ死ぬ」ヒヨシです。

 多分ちょっと詳しい方なら「いや最初に気付けや」と思う名前の並びなんですが、見た目は銀髪青眼、イケメン、主人公にとっては憧れの兄、一応秀吉と共通するものとしては低身長という特徴もありますがそれくらいです。
 ただ最近ヒヨシについて考えるほど過去の男の面影がちらついてしょうがないのでここでちょっと秀吉とヒヨシについて自分なりの考えをまとめておきたいと思います。  順番は重要そうなポイントから思いつくまま。

 あと以下も以上も私の主観と憶測と願望と幻覚混じりですので、判断は各自にお任せします。

・名前と誕生日
 まず一番の特徴である「ヒヨシ」という名前と100話記念で掲載されたキャラクター大全およびツイッターの「#吸血鬼すぐ死ぬあばよ2018」で確認できる「1月1日」という誕生日について。
 幼名日吉丸、誕生日は一月一日、という二つの要素はいずれも江戸時代の読本、「絵本太閤記」の創作であると言われています。
 おそらく「日吉」と日吉権現や太陽を連想させるものとして、また「ヒデヨシ」という名前に近い響きをしているということで「ヒヨシ」という名前と「1月1日」という誕生日になったのだと思われます。

 ちなみにこの「絵本太閤記」、はじめは一冊で完結する予定だったのが、世間で評判になりその後も続編が次々に出版されました。ちょっとロナ戦みたいですね。(まあフクマさんは初めからシリーズ化させる気満々だったかもしれませんが)
 まあ「本当のことではないが嘘でもない」くらいのロナ戦と違い、実際にどうだったかを切り捨てて秀吉をかっこよく描くために幼名も誕生日も捏造しているあたりはむしろ「アニキ・サーガ」を連想させます。
 初のメイン回に「サーガ(物語)」という語が入っているあたりにも、「日吉丸」という架空の物語で生まれた名前から名を付けられたヒヨシらしいですね。史実の豊臣秀吉本人の名前ではなく、語られるための物語の中の、語られるものだからこそ付けられた名前というあたりが。


・右腕の怪我とそれによる握力の低下
 こっちは逆に信憑性はそれなりに高いけれど、秀吉本人は隠そうとしていたらしい情報についてです。
 秀吉は右手の親指が一本多い多指症だったといわれます。この多指症、当時武士階級であれば幼いうちに切り落としてしまうのが普通なのですが、貧しい家の生まれだった秀吉は大人になってもこの指が残っていたようです。(信長からの呼び名も、実は「猿」ではなく「六ツめ」だったという話もあります)
 これが事実だとすると、宣教師と前田、それから朝鮮の記録にしか残っていないあたりかなりタブーな話題で秀吉本人も後世に記録を残さないよう気を使っていたのかもしれません。

 もちろん共通点は「右手の障害」というだけなので明確に秀吉由来と断ずることはできませんが、名前と誕生日の方が「本人をよく見せるため」のものであるのに対して、ヒヨシの恥ずべき過去を象徴し、またロナルドに対してはそれを隠すために与太話でごまかした傷が「恥として隠そうとしたもの」である多指症と繋がるというのが面白く感じられたため記しておきます。


・内面について
 まあこの辺りははっきりこうとは言いにくいんですが。
 ヒヨシの性格の中で秀吉との共通点を最もよく表しているのはおそらく「女好き」というところでしょう。あとは半田の「隊長はかっこいいからな」(5巻アカジャ)はじめ、隊員(部下)に慕われているらしいところも「人たらし」の秀吉を彷彿とさせます。
 7巻アカジャでやはり半田から出た「隊長は酒に弱いそうだが、人に飲ませるのは大変うまい」という情報からもこうした人たらしの才能があることを読み取れますね。(酒に弱いところは「弱いそうだ」と伝聞である=半田の前でしたたかに酔ったことがないらしいのに対し、「人に飲ませるのは大変うまい」の方が明らかに半田がそうした場面を見てきたらしい言い方であるところもすごいなあと思います)
 また、秀吉の方も酒を好みはしましたがさほど強くはなかったようです。加えて文禄年間に出した「御掟」(大阪城中壁書)の追加部分の八条には「酒者可随様器、但大酒御制禁事。」つまり酒はそれぞれ自分の飲める分だけ無理せず飲め、とあります。
 まあヒヨシが半田の見ていないプライベートなところでへべれけになっている可能性も捨てきれませんが、正直あのかっこつけなところがあるヒヨシがそこまでして酒を飲んでいるところも個人的にはあまり想像できませんので、この辺りの「酒に対するスタンス」も似通っているのでしょう。(そもそもヒヨシ、酒の席はそこそこ好きそうだけど酒そのものは好きなんだろうか……)


・ヒヨシはどこまで秀吉か
 一口に「ヒヨシは豊臣秀吉をモデルに作られたキャラクターである」といっても初めに述べた通り、おそらく秀吉本人をなぞるというよりはそのイメージや役割がベースに置かれているだけだと思います。ヒヨシが晩年に耄碌して大失敗したり血の繋がった子供というものに執着したりというのも想像しづらいですし。
 作中で明確に戦国時代の人物を意識して名付けられているといえそうなのは「カズサ」とその妹である「ヒナイチ」、そして「ヒヨシ」の3人ですが、関係性として完全に一致しているのは「ヒヨシはカズサの部下である」「ヒナイチはカズサの妹である」というところくらいでヒヨシがヒナイチに懸想しているとかカズサの靴をヒヨシが懐で温めてそうとかそういうことは全くありません。(カズサがヒナイチを政治的に利用する気配は若干ありますが)
 正直今のところこの三人の関係が戦国時代の三人を思わせるような形で動くとしたら話のクライマックスか、もしくは単にモチーフにしただけorどこかで没にされたでもう動かないのかもなあと思います。(明智にあたるキャラクターが登場してカズサが失脚、その後ヒヨシが仇をとってヒナイチと対立、とかそれはそれで見てみたい気もするけどまー多分ないよなあ)

 そんなわけでヒヨシ、秀吉の影はめちゃくちゃに感じますが秀吉本人ではないわけで、ゆえにこれからどうなるのか(どうかなるのか)わからないわけで、今までずっと歴史系ジャンルにばかりハマって「基本的にそのキャラや環境、時代が最終的にどうなるか」がぼんやりとでもわかった状態でキャラを愛でていた身としては戦々恐々としております。
 一方戦国時代意識したネタとか展開とかこないかなー!! ってちょっと期待もしつつ、これからも吸死を応援していきたいです、という無難な感じで締めさせていただきたいと思います。

 一応は頭の中を整理できてすっきりしたー!! 論としてはめちゃくちゃだけど!! 許して!!

※これは作家論ではなく作品論として語ったものです。作者が実際にどこまで考えているかについては検討、考慮しておりません。

同人誌の表紙の話②

 芹沢さんの命日ですね。(新暦
 前に話してから時間が経ったので忘れないうちに。(まあ去年出した方は多分ほぼ忘れちゃったんですが……)
 表紙の話っていうか表紙にかこつけただけのよもやま話って感じです。

・てんしのらっぱ

 芹沢ルート前提の転生山吹組の話。タイトルはフォロワーのフォロワーさんが1発で見抜いてくださったと耳にしたのですがエンジェルストラッペット、いわゆる朝鮮朝顔のことです。ダチュラともよく呼ばれます。
 山崎の幻覚、幻聴などのことを示すつもりでこのタイトルにしました。中表紙の花もこれです。
 遊び紙の色は頭が紫で後ろが黄色なのですが、これも朝鮮朝顔の色に合わせてます。途中どこかで山崎がこの花のことを考えるシーンがあったと思うのですが、そこだと紫と白のものです。(中表紙はこちら)土方をイメージしました。
 後ろの黄色は井吹イメージです。園芸種としてはこの黄色いものがメジャーみたいです。(たしか)
 幕末の象徴としての紫と現実の象徴としてな黄色でした。山崎が幕末の頃の記憶に一区切りつけて今を生き始めるまでの話です。 「Angel's trumpet」の部分にうっすら黄色が重なってるのもこれです。

 割とヤバい花ということもあってタイトルの色はビビッドにしました。特色印刷ができるならショッキングピンクにしたかったです。
 ちなみに表紙の背景、はじめはもっと暗くて灰色とか暗い青(井吹の髪みたいな)だったんですが、友人やらフォロワーやらのアドバイスを受け修正していきました。
 夜のファミレスで数時間私の修正に付き合ってくれたフォロワー各位、本当にありがとうございました……。
 青い部分のエフェクトは水イメージです。水族館とか川とかいっぱい出てきたあれです。
 あと赤と青を混ぜると紫になるので。(最終的にめちゃくちゃ明るくなりましたが)

 あと一応黙示録のラッパも多少意識はしてます。まあ結局山崎が終末だと思ってたものは終末でもなんでもないただ生活だったんですけど。
 私は土方ルートの山吹組を地獄だと思ってますが本人たちがそれを地獄とも極楽とも思わずただの現実としてしか捉えていないところが好きです。土方ルートとは関係性が逆転する芹沢ルートということでそこを逆転させてみました。

 逆転といえば話の冒頭とラストで崩れ落ちる人とそれを上から見る人の関係も逆転させてます。



・行春

 ペーパーに書いた通りタイトルは芭蕉の二つの句から。おくのほそ道で千住だったかから旅立った日の歌と井吹の先祖の出身地である「近江」が入った二つの句です。

 表紙はフリーの写真を加工したり色重ねたり。明治の景色に溶け込む旅人井吹をイメージしました。(タイトルの右側にちっちゃく芹沢ルートのスチルの井吹が描いてあります)これもペーパーで書いたんですが中表紙で同じ景色に井吹がいないのは単に通り過ぎた直後に撮ったものだからです。そういう風にいろんな偶然が重なって記録に残らなかった井吹というものに夢を見てます。

 自分の小説も初めは芹沢ルートの話よ予定でした。(これも没案としてペーパーに全文掲載)

 来年は黎明録発売から10年ですし、ちょっとアンソロとまでは行かなくてもなにか一冊出したいです。出来れば全ルート分。
 また井吹不在の井吹本になったら笑ってください。

(今日語った2冊と井吹不在の井吹本をはじめとする既刊はhttps://mztmy.booth.pm/より!)

プロメアの感想

 書き上げて思ったんですけどマジで思いつくままに書いてるのでなに一つ整理されてないです。
 セリフとかは全てうろ覚えです。
 ガロ編リオ編まだ観られてないです。
 あと多分なんか色々と都合の良いように見てると思います。

 ふせったーとかにしようかと思ったんだけどブログが半年以上死んでたのでこっちにします。
 昨日はまだプロメア見てない薄桜鬼のフォロワさんとプロメア2回目行ってきたので、その感想とか思ったこと。

 プロメア、1回目見る前からTLでめちゃくちゃ話題になっててしかも色んなところに色んな仕掛けが施されているらしいのがすごく興味をそそって、ふせったー使ったプロメア考察ツイートとかブクマしておいて1回目みたあとに読んで、どうしてももう1回みたくなっちゃったんですよね……
 自分は映像から情報を得るというか、映像で示されている情報に気付くのが多分ものすごく下手で、○△はともかく□がどういうところに使われてるかとか一人じゃ絶対気付けなかったし、なんならガロがウィンクしてるところがどこなのかもわかんなかったので、人様の考察ツイートいっぱい読んだ状態で2回目観られたのすごくラッキーだったし楽しかった……インターネットがあってよかった……。

 自分はまあクレイが好きなんで、その辺中心に多分もう100万回くらいいわれてそうなことをひたすら言います。

 ガロにバーニッシュを使ったワープ実験を見せたところ、つらつら語ってるところでずっとクレイの背中が映されてるわけなんですけどあそこのさ〜クレイが右手で左手首をずっと掴んでるのが真ん中に映されてるのすごいぐっと来てしまったし、そのあとに左手でガロを殴るのがまたなんとも……なんとも……
 それ関係だとガロとの対決的なシーンでそれまで左手メインだったのが最後に右手を出すところとか、そのあとにリオが左手でガロの拳を受け止めるところとかまあまだちゃんと整理できてないんですけどぼんやりとなんか意図があるんだろうなと思います。

 あとクレイのコンプレックス的なところにめちゃくちゃ萌えてしまう。
 自分について「醜いバーニッシュ」と言うくだりとか、クレイは自分のことがまるごとひっくるめてはきっと好きではなかったし、だからこそ自分を慕うガロが厭わしかったのだろうかとか。
 クレイが腕を再生しなかったこと、力が暴走してたからすぐには再生しなかったとか、それを人に見られたから治したら怪しまれるとか色々とあると思うんですけど、とにかく義手が吹っ飛ぶのが戦いの中でとかではなくて最後のあのガロとリオの青い炎にやられた? ぽいのが。まあダメージ蓄積とかしてたとは思うしあの炎だけで吹っ飛んだかはわかんないけど。

 あと「バカ」という言葉の使い方、クレイは一貫してそのまんま蔑みの意味で使ってるんだけど他の人のいう「バカ」はだいたいは呆れとか親しみとかが込められていて、リオのいう「バカ」も作中でだんだんとそういう意味を含んで行くようになる過程にぐっときてしまった。

 それと人が避難したプロメポリスでの戦闘シーン、クレイが心なし楽しそうでニコニコしてしまう。いや笑い事じゃないんですけど。(バーニッシュの力は抑えたままとはいえ)わりと力いっぱい暴れてるしこれ他の人も言ってたけど「研究者として自分の発明品を解説するのが楽しそう」的な面もそう。あそこにはクレイが守らなければならない「無辜の民」もいなければクレイが「理想的な司政官」を演じて見せなくてはいけない相手もいない……。
 ガロに「俺の救世主」と呼ばれ続けて、「人類の救世主」になろうとしたクレイ、半ばそうあらねばならないという強迫観念にも似たものをチラチラ見せてきつつ決してそれを「弱さ」と観客に思わせない程度なのが良い。いやクレイにとってのあれ、純粋な罪悪感や贖罪ではなかったのが大きいんだと思うんですけど。決して自己犠牲的なキャラではないしむしろ利己的なところがあるからこそああなったんだろうし。
 ただまあコンコルドの誤り的な「ここまできたら後には引けない」的なところもあったよなあ。

 あとエリスとの関係が割と好きなんですよね。「司政官」「エリス博士」と呼んでエリスが敬語を使うところもあれば「クレイ」「エリス」と呼び合ってエリスもタメ口きいたりもするの、あれあれかなあ、大学の同期とか同じ研究室にいたとかあるんだろうか。分野違いそうかなとも思うけど、エネルギーとしてバーニッシュの炎を、ってエリスが全く考えてなかったところにクレイが提案したんだろうか? とか色々と考えてしまう。
 エリスがクレイを見限った時にクレイが「私情に振り回されおって」的なことを言いながら怒ってるのに、クレイも本当は私情で動きたかったところもあるんだろうかと思ってしまった。  クレイ、バーニッシュとしての衝動も私情も自分の正体も全部抱え込んで、大義を第一に考えていた(その中になにが含まれていたかは置いておいて)けど、大義のために動く以外に身動きが取れなくなってるように見えてそういうところが好きでした。

 あとこれはフォロワさんと話してたんですけど、クレイ、(手元に置いて育てたかどうかはわからないというか個人的にはどっか施設に入れてたのかなと思うんだけど)ガロがグレないようにはしてただろうなと思います。両親を失った状態でガロがグレでもしたらそれは自分のせいになるので……
 ガロの前で「理想的な手本となる清廉潔白な大人」をやっていたクレイのこと考えると居ても立っても居られなくなるし、それを見て正しく育ったガロが、ガロの思うような意味では「正しくない」クレイを止めるというの、ある意味でクレイが子育てというか情操教育大成功しちゃった証明みたいで皮肉かなと思います。
 クレイがガロの前で演じていた(?)のが「クレイの思う理想の大人」で、それを「自分の救世主」として尊敬して育ったガロの価値観が「クレイの思う理想の価値観」だとしたら、ガロが「自分が殺した博士の発明品」と「醜いバーニッシュ」の力で本当に「人類の救世主」になってしまって、ってもうクレイにとっては最悪の結末で、だからこそ救われるのかなどと思いました。まあ半分以上妄想なんですけど。

 クレイはその手でガロを殺せないんだな、と思います。クレイが博士を殺したのは大義のためだったけど、クレイがガロの両親を殺してしまったのは明確な「失敗」でありそこには一欠片の正義もないので。
 だからクレイはガロに正しい人間としての自分を見せながらも手を下せなかったし、自然に死んでくれることを願うしかなかった。ガロの直接の死因はクレイではいけなかった。
 ただガロをバーニングレスキューに入れたこと、クレイは「死亡率が高いから」と言ってたけどガロは「あんたのおかげでバーニングレスキューにもなれた」的なことを言ってた気がするんですよね。(だよね?) 「(クレイにとっては醜い)バーニッシュから(そうではない)人間を守る」という仕事、まさに左腕を抑えたクレイの右腕なのでは、と思ってしまうんですけど、それがガロが望んでのことだったら、クレイが勧めるより前にガロがその望みを打ち明けていたら、まあ仮定なんですけど、その時のクレイの心情ってどんなもんだったのかなと想像しちゃいますね。 「自分の罪、失敗の象徴」が「そうした瑕疵を持たない(自分の)理想の姿」になってしまったんだとしたら?
 同じ話を2回した気がするけど読み返すのが面倒くさい。

 あと勲章の話。「あげるにふさわしい人間が、もらうにふさわしい人間に渡すのが勲章だ。いまはどっちもふさわしくない」的なガロのセリフ、すごく好きです。
 ガロがクレイを「勲章を渡すに相応しくない人間」と断じた瞬間だし、ガロの胸から勲章が消えたこと、クレイの表向きの姿が否定されたというか壊れたというか、ガロの中でクレイへの完璧な(盲目的な?)敬意や愛情やその他の終わりというか。
 勲章という他者から見える位置に置かれた正しさというか功績というかを具現化したものがああなったことにグッとくる。
 あとガロが自分自身をも「相応しくない」ということ。勲章が与えられた理由、簡潔に言うと「市民の生活を脅かすテロリストを捕らえた」だと思うんだけど、別にそれ自体はおかしくはないというか、やったこと自体は別に間違いではなかったと思うんですよ。行為のみを切り取って見るなら。
 それでもガロが自分を「ふさわしくない」と言ったこと、「自分の無知をよしとしない」という点でめちゃくちゃいい男だなと思いました。いやそりゃ自分が良かれと思って捕らえた相手が非人道的な扱い受けてると知ったら知らなかったとはいえそういう扱いを受ける原因を作ったことを悔いるのは普通の心の動きかもしれないんだけど、そこで言い訳もしないし正当化もしないというか、ある意味でものすごい潔癖だなと思いました。いや明らかにそういうキャラだけど。 「火消しバカ」というキャラクターだけど人として愚かではないし、思考放棄もしてないところが好きです。

 あとマッドバーニッシュ初登場シーンのリオめちゃくちゃかっこいいなと思った。事前情報堺雅人が黒幕しか知らなくてあとで知ったリオの性格は割と想定外だったなと思ったんだけど、それでもそれを知った上で見てもやっぱリオかっこよかったよリオ……最後までかっこよかったです……リオ様呼びわかる…………ドキドキした…………。
 龍というモチーフのせいかもしれないけどリオの神様感というか、バーニッシュの希望であったというところ含め「救世主」的な面が割と元から備わってた感じある。のか? わからない。でも希望を託された人だし信じられた人なんだよな。バーニッシュたちに。

 

⑧芹沢ルートの結論

 さて、「薄桜鬼」といえばメインルートは土方ルート。それに相応しい長さ、質、そして仕掛けを持っていることは本編をやった方ならご存知のことと思いますが、私はシリーズではなく「黎明録」というタイトルに限って述べるのであれば、メインルートはこの芹沢ルートだと思います。

 本編の風間ルートとは違い、必ず"土方ルート"をクリアしなければ開けないこのルート、土方ルートの直後に読むほど心が抉られます。  土方の寄せてくれたほのかな信頼や、山崎と育んだ友情はなく、二人からただ敵として冷たく突き放されるのが芹沢ルートです。  しかしそれこそ、この乱暴で気難しく、傍迷惑で豪胆な「芹沢鴨」を一番そばで見続けることの対価なのです。

 芹沢鴨というキャラクターは、本編には登場しません。雪村千鶴には手の届かない、歴史を変え、救うことのできない唯一の攻略キャラクターが彼です。  だから、私たちは井吹龍之介の語る彼のことしか知れません。  彼の姿は、同じ井吹龍之介から見てもルートによって様々に姿を変えます。井吹は彼を恐れ、時に怒り、時に憐れみ、そして疑問を覚えます。その全ての答えが示されるのが、この芹沢ルートです。  言ってしまえば王道です。他のルートをいくつか見ていれば予想がつく真相と展開。しかしそれは決して、芹沢ルートが退屈だとか平凡だ、という意味にはなりません。むしろ、王道でありながらも先が気になって仕方なくなる、でも読み進めたくない、そんなふうに、人を夢中にさせるだけの魅力ある物語です。

 芹沢もやはり(土方と同じく)、自分から井吹に自分の過去をあれこれ語って聞かせてくれるような人間ではありません。だから井吹は、土方についてを山崎から聞いたように、それまであまり深く関わることもなかった芹沢派の人々から、芹沢鴨という人間についてを知ります。

 あるシーンで、あるキャラクターが芹沢のことを万華鏡に喩えます。それは人によって、全く違う面を見出す、という意味なのですが、それまでにいくつものルートを見てきたプレイヤーならば、きっとルートごとに同じ「井吹龍之介」に違う顔を見せた芹沢のことを思い出すでしょう。

 さて、芹沢のそばにいることを選んだ井吹にはやはり試練が待ち受けます。もちろん、井吹龍之介は歴史を変えるだけの力も機会も持ちません。やっと、初めて見つけた「大切なもの」は彼の手から零れ落ちます。  選び取ったものに手が届かなかったばかりか、自分自身も多くを失った井吹がどうやってそれを乗り越え、立ち上がるのか。自分もまた、全てを見ることはできない一人の人間だと自覚した井吹は、なにを見ることを選ぶのか。

 語り手として完全な人間などいない、と井吹自身が気付くのがこのルートです。メタな話題ですが、しかしその表現も自然で、井吹がそれを嘆くわけではなく、むしろ前向きに受け止める理由も人間臭くて胸に迫ります。

 また、土方ルートを見たからこそぐっとくる表現が散りばめられた本ルート、語り手だけではなく「ルート分岐型ノベルゲーム」だからこそできる仕掛けには、感動させられるだけでなくライターの腕の見事さに唸らさられるポイントでもあります。

 そんな、さまざまな魅力がたっぷり詰まった黎明録。プレイするハードルはそれほど高くはありません。

 まずハードについてですが、2010年のPS2以降、PSP、DS、PS3、vitaと移植を繰り返しています。黎明録をたっぷり楽しみたい!という方ならそれまでの追加要素が全て入ったvita版がおすすめですが、まずは軽く物語に触れたい、という方は手持ちのハードと中古価格や特典とご相談ください。(PS2PSP版なら1,000円以下で入手可能です)

 またゲームとしての難易度はおそらく最低。乙女ゲームやノベルゲームをやったことがある方ならイメージがつきやすいかと思いますが、基本的に操作は選択のみ。作中にミニゲームもレベル上げも関わってはきません。ゲームというよりはむしろフルカラー、フルボイス、立ち絵差分付きのゲームブックとして捉えて貰った方が正確だと思います。 (何度か話に出てきた十六夜挿話もその時に読むかあとで読むかの選択が出てきますが、基本的にはその時に読むことをおすすめします)

 和物、ファンタジー、歴史、幕末、新選組、キャラクター、声優、スチルなどなど、ひとつでも気になったポイントがある方は、よかったらぜひ触れてみてください。 (読みゲーは苦手、という方にはミュージカル薄桜鬼 黎明録をおすすめしておきます!!!!) (アニメ版は、個人的にはあまりおすすめしておりませんのでご承知おきください……)

⑦土方ルートの時間

 ファンの間での通称は山崎ルート、ですが個人的にはそうは思いません。

 黎明録というのは、誰かの生き方を通して龍之介が自分自身を見つめなおす話です。その点で言えばこの土方ルートも(ガイドとして同じように土方を見つめる山崎がとなりにたちますが)やはり土方の生き方を見つめる話に当てはまります。  土方にとっての敵である芹沢の小姓という立場上、龍之介と土方とが親しく言葉を交わす関係になることはありません。ただ、日々の隙間、すれ違いざまに交わされるやり取りの中で、土方は少しだけ龍之介に心を許し、龍之介も土方に興味を持っていきます。  そんな中で芹沢が龍之介を、土方直属の部署である「監察方」にねじ込んだ理由はわかりません。ただ、そうして互いに計らずも仮初めの主従関係を結び、龍之介は衝突の末に親しくなった山崎を通して土方を知っていきます。  土方ルートの龍之介は、非常に中途半端です。隊士ではないのに隊務をこなし、芹沢派の人間でありながら土方のために働く。  一度は物語の冒頭で死ぬはずだった龍之介は、しかしこのルートにおいてのみ設けられた"タイムリミット"までに自分の生き方を決めることが出来ません。変われないままだった龍之介はその報いを受け、命こそ拾ったものの進むことも引くこともできない立場に追い込まれます。  そんな龍之介が本当に長い時間をかけて、いくつもの出会いと別れを経て、自分の人生のスタート地点にたどり着くまでの話がこの土方ルートです。

 始めと変わらず、なにも選び取れない龍之介が、変わらないままだったがゆえに迎えられたエンディングは、「薄桜鬼」というシリーズ、またそのシリーズを背負って立つ土方というキャラクターの人生の一つの節目に相応しいものだと思います。  寄り添い続けた千鶴だからこそ語れない、「薄桜鬼」と「土方歳三」のもう一つの側面です。

⑥沖田ルートの対称

 平助と龍之介がワンコンビだとすればこちらはワンニャンコンビ。  ひねくれ者の龍之介と同じくひねくれ者の沖田、ひねくれ者同士うまくいく、なんて都合のいい話はありません。  いじめっ子気質の気まぐれ屋さんな沖田となんだかんだ言って生真面目な龍之介はまさに猫と犬。沖田にからかわれいじめられいじられ、と龍之介は散々な目に遭います。  ただし沖田といってもやはり黎明録、斎藤が物語開始時点でもっとも覚悟を決めていたとすれば、ライバルである沖田はもっとも揺らぎ、惑うキャラクターです。龍之介と違うのは、それでも迷わないたった一つの"目的"があるところ。  いじめたりいじめられたりするうちに、沖田と龍之介はお互いになにも持っていない子供だった者同士だということに気付きます。もちろんそこは犬と猫、気質の違いもありますが、もっとも大きいのは「近藤さんのような大人がそばにいたかどうか」  なにも持っていなかった沖田は、自分にとっての唯一である近藤さんのためなら、たとえ近藤さんを悲しませてでも剣になろうと足掻きます。  そして近藤さんのような人と出会えなかった井吹は、そんな沖田を羨ましくも悲しくも、恐ろしくも思います。  近藤さんのためなら何者であろうと斬る、と決めた沖田と、沖田からすれば近藤さんの敵にあたる芹沢側の人間である龍之介。もちろん剣の腕では沖田にかなうべくもない龍之介ですが、どんな結末を迎えるやら。  ここでも注目して欲しいのは二人の関係性。友達というには刺々しく、知り合いというには知り過ぎていて、もちろんどっちも相手の面倒なんて見ないし見られたくなんてない。でもなんだか気になって仕方ない相手。  いつも下にみておもちゃにしていた龍之介に沖田が時折真剣に投げかける言葉のひとつひとつにたまらないほどの情感がこもっていて、胸をえぐられます。

 クライマックスは読み進める度「バッドエンドに入ったか?」と不穏になるようなハラハラ感。  エンディングの寂しさや爽やかさ、少しの嬉しさや懐かしさ、その余韻は、沖田というキャラクターによく似ているように感じられます。

⑤斎藤ルートの成長

 斎藤一は忠義者で冷静沈着で無口、一見して氷のように冷たい印象を受ける。 ……かもしれませんかこのCV鳥海浩輔、実はとんだ剣術バカの熱血漢、なおかつ頑固でなにより我が強い!!!!(クソバカ大声)(個人の見解です)  ぱっと見はイメージカラー藍色、表情も平坦で顔もよく見えないし露出も少ない!けど!我がめちゃくちゃに強い……  それ故に斎藤は長らく自分がなにより打ち込んでいる剣術の世界でも爪弾き者でした。それを近藤、土方に救われたからこそ、浪士組として上京してきたわけではない彼はあとから「あの人達の力になれるなら」と恩返しもあって浪士組に参入します。

 龍之介との関係を表現するのはとても難しいです。友人や先輩、兄貴分はもちろん、師匠というにも離れている、遠すぎず近すぎず、斎藤の他人との距離の取り方がよく見える話です。  しかしだからといって突き放しているわけではありません。他人のまま、しかししつこく嫌がる龍之介に剣術を教えてみたり、何かにつけて構います。  それは多分、斎藤も龍之介に自分の過去を重ねていたからではないでしょうか。

 誰からも認められず、どこにも属せず放浪する。そんな龍之介にいつか自分が近藤達に教えてもらった「好きなことで認められる喜び」というものを自分も教えてやりたい、と不器用ながら思ったのかもしれません。  だからこそ、近すぎず遠すぎず、"爪弾き者"の先達らしく、少し遠くから、でも斎藤の全力で龍之介と関わり、背中を押します。

 平助と同じく攻略対象の中で最も年が近い組み合わせの一つでもあるのですが、比較してみると何もかもが異なっていて面白いです。  また、斎藤の他人との関わり方だけでなく、昔からの仲間、友人、そして恩人への態度もよく見えるのがこのルート。特に正反対なようでいて「剣術バカ」というお互い最も譲れない一点において息が合う永倉への態度、や、クライマックス、恩人である土方に対し真っ向から「我を通す」斎藤の姿は(本編をやった人からすればそうでもないかもしれませんが)キャラクターの第一印象を気持ちよく覆し、斎藤もまた「薄桜鬼」という泥臭い、青臭い物語のメインキャラクターなのだと再確認させてくれます。

 また、斎藤ルートだけが龍之介との別れのシーンで陽の下にいます。やり取りは物騒なものですが、交わされる感情のあたたかさにはぐっと来ます。 「誰からも認められず生きていた」二人は一見孤独な生き方を選んだようにも見えますが、斎藤には仲間が、そして千鶴が寄り添うようになり、龍之介も斎藤にとっての剣術のように打ち込めるものを見つけ、それを通して世の中と関わっていきます。 「爪弾きもの」が「自分の本分」を見つけ世界とつながっていく。自分にとって心地よいつながり方を見つけた二人の物語は「単品でも物語としての完成度が高い」と黎明録中屈指の人気を誇りますが、それは決して斎藤一というキャラクターの魅力に頼り切ったものではなく、一つの成長物語としての面白さが評価されてのことだと私は思います。

④藤堂ルートの選択

バッドエンドを見ろ!!!!

 失礼

 平助と龍之介とはワンコンビ、年が近いことと、藤堂の持ち前の人懐っこさもあって同性の登場キャラの中では初っ端から唯一「龍之介」「平助」と呼び合う仲に。  黎明録は主人公と攻略対象の関係に中々はっきりとした名前が付くことがないのですが、平助ルートは最も友人らしい友人と呼べる関係だと思います。

 CV吉野で明るく茶目っ気があり、少しドジなところもある平助と、CV関智一でつっけんどんながらなんだかんだ困っている人を放って置けない龍之介とは、まるで高校のクラスメートか何かのように親しくなります。  しかしそれでも舞台は幕末。同じわんこ属性でも段々と二人の生きる上での覚悟の差はあらわになっていきます。  迷いながらも着実に自分の道を選び取っていく平助と、そんな平助をそばで見つめる龍之介。私の中での平助ルートのテーマは「選択」です。  友人としての関係を深めながらも、平助は決して龍之介に対する態度をなあなあにすることはなく「おまえも決めなきゃダメだ」と迫るところに、たった二つの年の違いと生きる上での覚悟の差が表れます。なにごとにも後ろ向き、否定的な龍之介と、いつだって前を向こうとする平助の対比も見ていて思わずため息が出るほどうまい!  話の要所要所で登場する某キャラにもほんの少しだけ見せ場らしきものがあったりなんかして、クライマックスでは平助のこれから、本編での信念や千鶴との関係を予感させるような決め台詞も聞けて、とにかくドキドキワクワクするルートです!

 個人的に、実はちょっと神経質で思いつめがちな平助と、実はなんだかんだ言って楽天家な龍之介だから、うまくバランスが取れていたのかな、と思います。  黎明録の見どころの一つに、それぞれ異なる龍之介の「新選組の去り方」がありますが、このルートの別れはなんとも2人らしい、心地よい読後感に包まれるものになっています。

 またバッドエンド専用の立ち絵、表情の書き下ろしがあるのもこのルートだけです。スチルが書き下ろされた本編沖田ルートバッドほどのボリューミーはないかもしれませんが、その後の十六夜挿話も必見です! 平助が他のルートやトゥルーエンドでは関わっていないだろうある事件の中心にいる姿が、平助に近いあるは人物の時点で見られます。

③原田ルートの視野

 みんなの兄貴分!原田さーん!!(CV遊佐)  ということで個人的に「もっとも話の本筋から遠く、主人公や原田自身が立場などに縛られず個人の幸せを追い求める話」こと原田ルートです。  なんと!あの龍之介に!!お嫁さんが出来る!!!!!さすが!!!!(????)

 島原で、真っ向から芹沢さんに歯向かった気丈な少女、小鈴。彼女と出会い、龍之介は今まで目を向けてこなかった彼女が生きる世界や価値観を知っていき、だんだんと彼女自身に惹かれていきます。  武士嫌い、という点で一致した幼い二人を引き合わせた芹沢と、二人の背中を押す原田の大人同士のやりとりは雰囲気もかっこよく、どちらのファンにも読んでほしい!!  面白いのは多くが龍之介が攻略対象の今や過去と重なる中、原田だけは未来と今の龍之介とが重なるようになってるんですね。本編終了後の原田が夫としては龍之介よりも年季が浅い、というのも個人的なツボです。

 原田ルートから派生する小鈴ルートの方は原田ルートに比べ、重苦しい雰囲気。ただこのルートで原田に代わって背中を押す意外な人物の発言、二人を結ぶアイテムの由来、原田と千鶴のエピソードの代わりの十六夜挿話などなど、短いながら見所満載!小鈴の「本当の名前」がわかるのもこのルートだけです。  ちょっと気になるのは、このルートのラストシーンのタイトルが原田ルートの××エンドと同じ言い回しなことくらい……?

 なんにせよ、「男の生き方」がテーマである原田ルートとは反対に、女性がキーとなるストーリーです。龍之介が嫌っている自分の母親からの影響を自覚し、それを改め小鈴に頭を下げるシーンは成長物語としても素晴らしい。

 はじめに「中心から遠い」と言ったとおり、これらルートの龍之介は「武士とは何か」というものに答えを出しません。芹沢さんの真意も、土方さんの覚悟も。  でも原田や小鈴を通して龍之介は「自分が嫌っていた武士や、見下していた花街の女性にも、こんな人間がいるんだ」と知ります。役割で人を見ることを辞め、一人の人間として扱うようになった龍之介は、小鈴とともに武士の時代の終わりを迎え、これからも幸せに生きていくでしょう。 (なお、他のルートでも龍之介と小鈴は出会いますが一緒になるのは以上二つのルートだけです)

②ノーマルルートのすゝめ

ノーマルルート

 適当に選択肢を選んでいくと大抵は斎藤ルートバッドかこのルートに入ります。「ノーマルバッド」と呼ぶ方もいますが、ここではあえて「ノーマルルート」と呼称します。  簡単にいうと、まあ井吹は死にます。いわばこれは打ち切りルート。しかし私はどうしてもこれをバッドエンドとは呼びたくない。

 なぜならこれは井吹龍之介の本質の話だからです。もちろん、井吹は人間、しかもいろんな可能性を秘めたキャラクターですから一口に本質といっても色々あります。  これはそのうちの一つ、「武士としての井吹龍之介」の話です。あるいは「情を移した相手を放っておけない、助けたがる」というのもあるかもしれません。  この本質は、このルート以外でもちょくちょく顔を見せますが、このルートの井吹龍之介はそれをもう否定しません。誰とも別段交流を深めなかった井吹は、しかしたかだか3ヶ月ほどを共に過ごした人々のために自分の命を捧げます。

 見所はそこにもありますが、このエンディングの真髄はその後、視点が井吹を離れる「十六夜挿話」という主人公以外のキャラクターから見た話のうちのひとつ。  井吹の死を見届けた人物は、井吹龍之介という青年の生き様を、死に様を、どう評価するのか、それになにを思い、どんな反応をするのか。

 打ち切りエンドでありながら単品でも十分に楽しめるクオリティ、最後のシーンのカタルシスは薄桜鬼に触れたことがある人間ならたまらないものがあります。  また、共通ルートから個別ルートに入ると長いため、初プレイ時にこれを見ておくとその後の攻略で共通ルートの既読スキップができるようになりつつ、1週目もまとまった物語として楽しめる、という利点があります。  本編プレイ済みで初めて黎明録をされる方にはオススメのルートです! (ただし薄桜鬼本編のゲームにもアニメにも触れてこなかった、黎明録から薄桜鬼に入る。という方は、隠しルートをプレイした後の方がオススメです)